第5話 年明け


 ハッと目が覚めて、身体を起して、薄暗い部屋の中、まだ焦点がハッキリと定まっていない目を向けたアナログの壁掛け時計の針は、3時少し前を指し示していた。


 え?? まだ3時前??


 でも、それが早朝3時ではなく、15時だと気づいた私は一気に目が覚めて、大慌てで寝ている大樹を揺り起こした。


「うううん…… 何?  何? どした? 」 

 目を閉じたまま、迷惑そうなトーンの大樹。


「ねぇ! ごめん! 起きて! もう3時前よ! 」


「うん? え? 」

 大樹が、パチッと目を開け、私の顔を見て、次に壁掛け時計に目をやり、慌てたように上半身を起こす。


 新年早々の過激な愛の行為のせいで、私たちは夕方近くまでホテルのベッドで寝入ってしまっていた。 そして二人の脳裏を過ぎったのは、年末年始特別価格で設定されているホテルの延長料金。 大樹は節約思考だから 新年早々から気落ちするかもしれない。


 そういえば、朝方? いや、もう少し経ってからだろうか、とにかく 私たちがまだ寝ている時にフロントから電話がかかってきて、電話を取った大樹が「延長します 」 と答えたような? 

 なんとなく薄っすらとした夢の記憶がある。


「マジ ヤバい  急ごう! 俺、フロントにチェックアウトの電話するし 」


「うん ゴメン 」


 あれほど愛を交わしたロマンテックな雰囲気も、吹き飛ぶような慌ただしさで身支度を急ぎ、まるで逃げるかのように、ホテルを後にした。


 外は早くも冬の日の光が傾きかけていて、その夕陽が眩しい。

 私はメイクをする時間も短くて、すっぴんに近いけど、じきに暗くなるから、もうこのままでいいや。


 車の中では、ふたりとも少しずつ覚醒しながら、寝過ごした反省を ひととおり振り返っていた。


 そのネタも尽きたころ……


「どうする? 」 運転しながら大樹が聞く、


「え? 」


「やっぱり、いちおう元旦だし初詣に行く? どう? 」


「あー そうよねー うん 行っておいたほうが良いかなー 」


「だよなー よし! じゃぁ 行こう 」


 車が神社に向かう。


「あ~ やっぱり、振り袖、着たかったなぁ 」


「振り袖? 」


「うん 成人式の時に作ってもらったの。 あれって、そうそう着るものじゃないけど、どうせなら絶対気に入ったのが欲しくて 」

   

「ふぅ~ん 」 気のない大樹の返事だけど、私は続ける。


「でね、呉服屋さんを何軒も回って、やっと出会えた1枚だったんだよねー 」


「そっかぁ そういうの女子っぽいなー 」


「そう? あー でも、それって 友達にもすごく好評だったし、大樹にも見せたかったなー 」 


 私はチラッと大樹の顔を見ながら、わざとおおげさで残念そうなトーンで、そんなセリフを口にする。


「そっかー ま、女の着物姿って良いよなー 彩の こだわりの振り袖は、来年 また着れば? 着てよ 」 さらっと大樹は言う。


「うん 」 (来年って言われたよ……)


 大樹の答えに深い意味はないと思いつつも、半分ガッカリしている自分がいる。


 素敵な振り袖を着た私を見て欲しかったのは もちろんだけれど、さすがに20代の今年で振り袖は卒業したいし、卒業させてよ! そんなアピールを、それとなく したつもりだったのに。


「じゃ、結婚式のお色直しに着れば? 」 

 とか、どうせ言ってくれない と わかっていても、じれったい。


 でも、まぁ仕方ない。 大晦日と元旦は二人で過ごしたいと思ってたし、その時間を過ごせたんだからね。


 夕暮れの中、この街で一番大きな神社の駐車場に入ると、車はほぼ満車状態。やっと1台分の駐車スペースを見つけ、車を停めると小走りに本殿へと急ぐ。


 私は、いちおう新年 初詣ということで、いつもよりは華やかで丁寧なコーデにしたつもり。 ネイビーのタートルネックニットと、ふんわりとしたチェック柄の厚手スカートはミモレ丈、グレージュのロングコートを羽織り、黒タイツとヒール3cmの黒のショートブーツを合わせた。


 すでに薄暗くなりつつある時間だったので、並ばずにスムーズにお参りをすることができた。 ちなみに振り袖姿は1人だけ見かけた。


「何 お願いしたの?? 」  ありきたりの大樹の問いには、当然、


「ひ・み・つ 」 と返した。


 大樹との仲がずっと続くこと、そして当然 そのままゴールまで繋がることを祈願したことは、軽く口にするとダメになりそうな気がして。 それと 新年早々あまり大樹にプレッシャーを与えたくなかったから。 だけど、お賽銭だけは、しっかり奮発した。


(お願いしますよー! 神様!) もう一度 心の中で神様に念を送る。


「大樹は? 何を? 」 と尋ね返すと、


「俺? オレは神も仏も信じないし! 」 と実も蓋もない返事。


 そのわりには目を閉じて手を合わせていた時間は、私よりも長かった気がしたよ? 

 私と同じことを お願いしてくれていれば良いのにな~ と思うのは欲張りかな?


 とりあえず初詣を済ませて、まだまだ一緒にいたい気持ちもあるから、結局 いつものショッピングモールへ。


 元旦初日に初売り、しかも夕方の混み合う時間帯ということもあって、ここの駐車場も空きスペースを見つけるのが大変だったけれど、なんとか停めることができて、二人で初売りの賑わいの中に飛び込んだ。

 特にお目当てのものはないのだけれど、時々買うお店の福袋はまだ残っていたし、化粧品フロアの福袋も良さそうだったので購入。

 大樹もお酒の福袋をゲットできた。


 いつしか時間も夕食タイムになっていたので、飲食店街へ。

 そこも、同じような初売り目当てや初詣帰りのお客さんで混み合っていたけれど、少し空いてそうなお店で、お正月にしてはちょっとモノ足りない夕食を共にした。


 食後のコーヒーを飲みながら、次のデートの日取りは6日に決定。


「人 多いなー まぁ元旦だし、初売りだし、晩メシ時だから、仕方がないかな 」


「うん 私らもその中の一組だし 」


「それもそうだなー  さぁ、行こうか 」


 二人ともコーヒーを飲み終えて、席を立とうとした時に、


「あ!そういえば あとちょっとで誕生日でしょ? 」

 席を立ちかけた大樹が、そう言って座りなおした。


「うん あ、覚えてくれてたんだー? 」 

 私も大樹に合わせて座りなおす。


 誕生日を覚えていてくれたのは、ちょっと意外。


 理数系だから思考は細かくて緻密だけど、性格はわりとおおざっぱな大樹。

 私の誕生日なんて、絶対に忘れ去ってしまっているものと思い込んでいたから。


「ほら これ ちゃんとメモもしてるし 」 

 大樹は得意げな顔をして、私にスマホを向ける。 


 確かに、カレンダーの1月7日欄には、『AYA BD30』とメモされていた。

『30』の数字は余計な事だけど、覚えてくれていたことは素直に嬉しかった。


「じゃぁ、次は…… どうせなら 6日じゃなく7日に会う? 日曜日だし 」

 と、大樹の方から提案。


「うん、私は7日でも大丈夫! 」


 嬉しい! 誕生日を一緒に過ごせるなんて!

 いくつになっても、たとえ『30』だって、誕生日に特別感を覚える私は単純?


 家まで送ってもらって、いつもの軽いキスをするところまでは平気だけど、下車してテールランプを見送るときは、いつもはちょっと切ない。 だけど今日は、次のデートのことを思うと、ジワっと嬉しさが心に広がって幸せな気持ちになれた。


 翌2日は、両親と あらためて初詣。(妹の静香は彼氏くんと初詣らしい)


「20代のうちに」 との母の強い希望もあって、お気に入りの振り袖を着ていくことになった、というより なっていた。


 朝早くから、母がお願いをしていた知り合いの美容室に伺って、着付けや何やらでバタバタと大変。 ご近所さんなのが なによりの救い。

 着付けの後、髪までも結い上げてもらって、かんざしを挿し、優雅な帯を文庫結びにしてもらった。


 久しぶりに振り袖を着た自分の姿を鏡で見た時は、やっぱり嬉しくて、心が華やいいでしまった。 だって自分で言うのも変だけど、やっぱり私にはすごく似合っていると思うから。 

 そういえば振り袖って、成人式と従妹の結婚式、最後に着たのは 5.6年前?の初詣だったような。 

 

 牡丹をはじめ数々のお花が華やかに描かれて、とても上品で優雅な雰囲気を醸し出している薄いよもぎ色の振り袖。 

 アイボリー色の帯は、大小の花柄が波のように全体に織り出されている。 そして帯締めのシンプルな赤色が 振り袖姿全体も締めてくれている。 

 お草履はしっとりとした艶感のある黄緑色で、バッグは薄い黄緑色の地にさりげない梅や牡丹の柄。


 いつもの自分がワンランク上の女性に見えてしまう、そんな気がする。 うん!

 そんな私の艶姿を母だけでなく父までもスマホで何枚も写していた。 特に母の喜ぶ顔は、とても嬉しかったし、これも親孝行の一つなのかな、とにかく 今日 早起きをした甲斐があった!


 だけど、久しぶりの振り袖姿に、いつもよりもお淑やかだけど、ハイテンションでいられたのは神社に着くまでで……

 その辺りから、帯の締まりが思っていたよりも苦しいのと、ただでさえ履きなれない草履で歩く神社の玉砂利が辛くて。

 そして わかっていたことだけど、着慣れた洋服のように動けないことが、身体的にも心理的にもストレスになってしまう。

 そうなると、家を出たときのハイテンションは どこへやら。

 テンションが だんだんと下がってくると、今度は急に すれ違う人々の視線が気になってしまう。


 もしかしたら?


「この人、この歳で まだ振り袖を着ているの? 」 とか、


「結婚相手が見つからないの? 」 とか、


「正月早々、お見合い? 気合が入ってますねー! 」 とか、


 そんなふうに周りの人たちから見られている気がしてならない。


(ああー やだやだ)


 ネガティブ思考の自分が つくづく嫌になってしまう。 穴があったら入りたい、と まではいかないけれど、どこか気恥ずかしくて、視線は自然と下向きになっていた。

 そんな私の気持ちに比例するかのようにお天気も下り坂で、家を出るときに曇っていた空が、小雨になり、いよいよ本降りに。

 あわてて傘を差しながら、足元に注意して 早々に神社を後にすることになった時は、両親には申し訳ないけれど、私は正直 ホッとしていた。


 家に帰って母に手伝ってもらいながら 着物を解く。


「せっかく着たのに、ちょっとだけで残念だったねー 」


「うん、でも仕方がないよ 雨だし 」  私は悪いのはすべて雨のせいに。


「そうねー 仕方がないかー 少し濡れたから陰干しをしておかないとね 」

 そう言って、残念そうな母が振り袖とその他一式を持って部屋を出ていった。


 逆に 私は早々に洗顔したり、髪を解いて元に戻したり、楽なモコモコのルームウェアに着替えて、ホォーッと大きく深呼吸をする。


(着物は好きだけど やっぱりしんどいよぉ 精神的にも)と 心の中で呟く。


 遅くはなったけれど昼食のお寿司とおせちは、しっかりと食べることができた。

 振り袖だと そうはいかない。


 翌日の年末年始の休暇、最終日は、お正月番組やDVDを観たり、パソコンでネットサーフィンしたり、のんびり読書をしたり、そんなことをしているうちに、あっという間に過ぎてしまった。

 大樹は高校時代の野球部の同期と会って飲みに歌いにと、エンジョイしていたらしい、余程楽しかったのかLINEの文字が躍っていた。


 仕事始めの4日は、毎年恒例の全体朝礼があるため 社長からの「年頭のご挨拶」が本社ビル最上階17Fにある大会議室で行われる。


 司会の総務部長の姿が見えないのを良いことに、みんな ワイワイガヤガヤと騒がしい。

 夕奈と私は、いつものように目立たないように並んで立ち、総務部長の号令がかかるまでの束の間の会話を楽しんでいた。



「彩 やっぱり年越しは彼、大樹くんと一緒?? 」 


「うん でも大晦日と元日だけだったけどねー 」


 そう答えると、夕奈が耳元に口を寄せて小声で、


「え? 年末年始でお泊まり? 」


「まぁ、うん 」


 夕奈が 「もうっ!」と言うように、声はあえて出さず、肩を指先でつんつんと連続してつついてきた。


「こらぁ~ その爪、ブラウスに刺さるし 」


「このぉ! ラブラブー! 」 夕奈が耳元で囁く。


 夕奈が体を寄せてくると、甘い魅惑的な香水が一段と強く香ってくる。

 新しい年になっても夕奈の女子力は相変わらずで、メイクもヘアースタイルもバッチリ。


「夕奈は? 」  


「あー 私はね 」 

 夕奈は小声で、まだ友達関係の人と初詣に行った話をしてくれた。


「進展は、 んーー まぁ、これからって感じかな? どうかな…… 」

 夕奈にとっては、なんとなくモノ足らない相手みたい。


「初売りは行った? 」


「うん、ショッピングモールの、だけどねー 」


「福袋買った? 」


「うん 中身は、まぁ、まぁ 化粧品のところのが わりと良かったかな 」


「私は、お目当てのは 惨敗よ~ 」


 夕奈は去年オープンしたファッションデパートの初売りに2日の早朝から並んだけれど、ゲットができた福袋の中身は「ハズレ」ばかりでガッカリだった話を続ける。


「やっぱり 服は賭けよねー 」  


 私がそう言って夕奈をフォローしている中、ざわめきが徐々に小さくなったのに気づいて目をやると、総務部長がマイクの前に立って、マイクの位置を調整しはじめていた。

 なので 一旦 私たちは雑談を中断、この続きはランチタイムで。


 各部の部長さんの長ったらしい挨拶もいつのまにか終わっていて、引き続き1月11日付の人事異動の連絡となった。

 私のところに関係ありそうな内容ではなかったので、さっきの挨拶同様に聞き流すだけ。


「……ということで本日付で入社した佐倉 渚(さくら なぎさ)さん、佐倉さんには商品企画部の課長補佐を務めてもらいます。 佐倉さん、それでは一言…… 」


 (中途入社? 聞いてないよ? なにそれ?)


 私たち二人の周りにいた総務グループのメンバーが少しざわつく。

 他のメンバーも知らなかったらしい。

 課長の方へ思わず視線を向けると、チラッとこちらを見た後、小さく咳をしてみせた。


(あ!知ってたんだ)

 総務部全員が、そう突っ込みたくなったと思うけれど、みんな、その咳で沈黙する。


 それにしても 新年早々のサプライズ。

 私の脳裏に、デスクやパソコンの手配やロッカーの段取り、各種手続きの準備などが、続々とよぎってくる。


(こういうのって 新年早々、本当に困るんですけど! しかも平社員じゃないのに!)


 今は、そんな気持ちも声にできない。ただ恨めしい視線を、課長へ投げかけるしかない。


 マイクの前に立った女性は、遠目だったので顔はよくわからなかったけれど、スラリとしたスタイルと綺麗すぎる姿勢が印象的だった。


「ご紹介をいただいた佐倉です。今までのキャリアを生かしつつ、頑張りたいと思います、どうぞよろしくお願いいたします 」


 短い挨拶だったけれど、はっきりとした口調と堂々とした話し方に、かなりの余裕のようなものを感じる。大物感がアリアリだ。 

 それと同時に、私の中で何か気持ちの悪い違和感のようなものが込み上げてきて、何とも言えない、今まで聞いたことのないような耳障りな音がしたような? そんな気がした。


(何なんだろ? 今の…… ) 

 そう思い始めると気になって仕方がない。


 佐倉さんは挨拶を終えると、サッと 商品企画部の集まりの中へと紛れていった。

 心の中に、よくわからないモヤモヤしたものを抱えたまま、その後の時間をやり過ごした。


 やっと、全体朝礼が終わって各職場のフロアへ。

 そこで、あらためて部長からの挨拶やら係内の簡単なミーティング。


 さぁ!仕事!仕事!

 席について、デスクトップの画面から今日のスケジュール確認をしているところに夕奈からチャットでメッセージが送信されてきた。


『すごくない? 中途で いきなり課長補佐 』

 夕奈も かなり意識をしているみたい。


『しかも女性』 と 私。


『初めてのケースよね』 すぐに夕奈が。


『バリキャリさん苦手!』 と返すと、


『me too』 夕奈がリターン。


『私なんかとは、絶対に接点ないし』 

 そう返信しながらも、あれだけの大人数の前でも全く緊張感のない、はっきりとした口調の短い挨拶が頭の中でリフレインしている。

 苦手なのは本当だけれど、でも、ちょっと?ううん、正直 少し興味はあるかな。


 私たちのチームのお局様が、課長のデスクの横に立って課長と話をしている。 二人が見ている書類は、おそらく佐倉さんの履歴書。


 会話が気になって、耳をそばだてるけれど、誰かがプリンターで書類を連続してプリントアウトしているせいで、よく聞き取れない。


『Yes、私もないない、そろそろ準備が来るよ!』


『だねー』 私もネガティブモードでチャットする。


『ということは 新年早々 森山さん出番? 笑』 夕奈が毒を吐く。


『もちろんです! ヨロシク モリさん 笑』 私も便乗。


 森山さんというのは、どこの職場にも大抵は存在する年上の男性社員で、悪い人ではないのだけれど、どこか鈍くて、夕奈の言う「ダサい男」の代名詞になっている。

 だけど、頼み事をするとかなりの高確率で受けてくれるので、総務部のメンバーで、表だって彼の悪口を言う人はいない。

 ある意味、便利使いをされているのだけれど、彼自身もその役に満足しているようにも見える。


 力仕事は森山さんに任せるとして。

 商品企画部、しかも課長補佐なら私服だから、とりあえず制服の手配はしなくて良い。 だって、あのスラリとしたスタイルだと、うちの制服に合うものがなく、もしかしたら別注とか、色々と面倒かもね? 

 商品企画部の配属で良かった。


 でも中途採用で、商品企画部の課長補佐って、夕奈の言うとおり前代未聞だし、(どんな女性なんだろう?)


 何歳くらい?未婚?既婚? 前の会社はどこ?

 もう少し前にいたら、顔もはっきり見えたのに……

 声の感じだと、やっぱりクールビューティーなキツイ感じとか?

 夕奈ほどじゃなくても、女子力高め?


( って 何を気にしているの! 仕事 仕事!)


 画面に集中しようとしたのに、またも夕奈からチャット。


『今日、晩御飯 いかが?』


『りょうかーい! で、どこ??』


『ランチタイムに決めます!』


『りょうかーい!』


 そんなやりとりをしていると、課長とお局様が、そろって部屋を出て行った。

 すると夕奈が立ち上がり、さりげなく書類を置くフリをして課長の机の上を見て、私に向かって顔を左右に振って見せた。

 履歴書の類いは、もう引き出しの中らしい。

 諸々の手続きは私たちではなく、直接 課長とお局様で?

 私の中でますます佐倉さんの大物感が増してきた。


(何だろう すごく気になるー)

 

 そんなことを思っているうちに、受信ボックスには どんどんメールが入ってくる。 午後から私は受付のシフトに入る。 だから午前中にメールの整理とそれに付いてくる仕事を片付けなくてはいけない。


 結局、年始恒例のプチパニックが始まった。


 こういうのって、今年きりにならないかなー。


 結婚して、寿退社の挨拶をする自分の姿を想像してみたけれど、あまりにもぼんやりした姿しか浮かばなくて、あっという間に 年明け初日の忙しさの中にかき消されていった。


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