第3話 岸本さん
ワクワクと期待をしながら家に帰る電車の中で、早速LINEの着信キタ!
『お疲れ様ー!!』
ひと昔前の大人向けアニメの渋めキャラのスタンプが微笑ましい。
『お疲れ様でした』
私も うさぎキャラのスタンプで。
岸本さん:家って、あとどのくらい?
私 :駅までもう少しで 駅から15分くらい
岸本さん:駅からタクシー? 歩き?
私 :歩きでーす
岸本さん:マジ? と、キャラが驚いたスタンプ、私は思わず吹き出しそうに。
私 :健康志向です! 私もジョークを混ぜて返す。
岸本さん:マジ心配!家についたら連絡ヨロ と お願いのスタンプが。
私 :OK と うさぎキャラのスタンプで。
帰宅後、すぐに到着を連絡するメッセージを送ると、
『安心しましたー!』のコメントと、『おやすみ』のスタンプが送られてきた。
その夜は なかなか寝付かれず、食事会での岸本さんとの会話を頭の中で何度も反芻していた。
IT関連企業に勤めている岸本さんは、身長が自称171センチ。 160センチに満たない私と並んだときの見た目のバランスは悪くない気がする。
外見はラフでカジュアルだけど清潔感もあって真面目そう。 会話をしたときの印象は優しくておおらかな感じで好感が持てる。 そして理数系の大学出身らしい理論的な話し方に賢さも感じられる。
それでいて、私の帰り道を心配してくれるところは、細かいところまで気がつくタイプ? 中学校と高校時代は野球部だったらしくて、スポーツマンだし言うことないじゃん!
胸が発する トクトクという弾むような音を聞きながら、心の中に淡い恋心が、ほんのりとした明かりを灯しているようだった。
「でね、昨日のお昼過ぎからもLINEで少し 他愛もない話とかをやりとりをして、あと夜もLINEから、今度は通話したんだけど、どぅ?ねぇ? 脈あり? 」
月曜日、課長に屋上の鍵を借り夕奈と二人でお弁当を広げるなり私が切り出すと、
「そっかぁ うーん、それは脈ありかもねー あっ 実はね、私もLINE交換してて 」
夕奈の方も動きがあったらしくて、そこから先はいつものように夕奈の話題が8割、私の話が2割。
夕奈には語彙力と勢いというかオーラで、どうしても私が聞き役になってしまう。でも、肝心なところはちゃんと聞いてくれるし アドバイスをしてくれる夕奈は、やっぱり頼もしい友人。
それから数日間、岸本さんとはLINEでのやりとりが続き、いよいよ次の休日に二人で会う約束をした。
二人で会う、
私にとってはデートと呼ばれるイベントが久しぶりだったし、最初が肝心との思いもあったりして何を着ていこうかと、ずっと悩んでいた。
結局、今持っている洋服であれこれ考えて、濃紺のリブニットのトップスにフレアな裾感がキュートなグレーのミドル丈のプリーツスカート、靴は黒のペタッとフラットなパンプスに決めた。
最初のデートは無難にボウリングと映画鑑賞。
私はボウリングってそれほど得意ではないけれど、岸本さんは見るからに運動神経がよさそうで、やっぱり上手、それなりのスコア。
私がガーターでがっかりしても 「あはは!ドンマイー!」 と明るくフォローをしてくれたし会話もテンポよく繋がった。
映画館では、暗い中で隣の岸本さんの存在が、より近くに感じられて、一人でドキドキ。
せっかく興行収入が週間ランキング第一位のスパイ映画だったけれど、内容は正直なところ全く覚えていない。
映画の後は郊外のショッピングモールにシャトルバスで移動してコーヒーチェーンのお店に入って、岸本さんはブラックコーヒーを、私はカフェオレをオーダー。
ボウリングや映画の振り返り話も途切れかけた時に、何気に岸本さんが、
「松本さん、ガーネットだったっけ? たしか 」
「え? 」
「あ、誕生石? うん? 誕生イシだっけ? 」
「そうガーネット え? どうして1月生まれって、わかるのですか? 」
私は尋ね返した。会話はまだ敬語のままで、どこか堅苦しいところが微笑ましい。
「だって食事会の時、みんなの誕生石が何か って話になったじゃん 」
私はその時のシーンを思い浮かべ、頭の中を巡らせる。
「覚えてない? 忘れた? 」
「あー そういえば そんな話をしましたね 私は1月で年が明けたら、すぐに 」
「うん、たしか7日だった? 」
(そっか、誕生日とか星座占いの話で盛り上がったっけ??)
「ごめんなさい、全員の誕生石は覚えてなくて、岸本さんは? 誕生石は? 」
「謝らなくていいし だって 全員のを覚えてたら、そりゃ 逆にヤバいでしょ 」
ブラックのコーヒーを飲み干して、岸本さんが笑顔を見せる。
「オレは2月生まれって言ったら、誰かがアメジストって言ってたような…… で、アメジストって、どんな石? というか、宝石? 全然知らないし 」と軽いトーンであっけらかんと返してきた。
「アメジストは紫の石で、お守りとか使われる? 私もあまり詳しくないけど 」
「ま、オレのは、どうでもいい! 全然気にしないし ま、男だし 」と笑顔の岸本さん。
おおらかで男らしい外見の岸本さんが誕生石の話題を振ってくるなんて、そのギャップがとても新鮮で、何より 私の誕生石を覚えてくれていたのが嬉しかった。
そんな感じで、岸本さんは、とにかく話しやすい人。
この先、私も少しずつ緊張も解れ 自然体で振舞えるようになった。
日々、LINEのやりとりを楽しみにして、お昼休みには夕奈と互いに相手のことを熱心に語り合い、週末になるとまたデートを楽しむ。
なによりも、デートに行くまでの期待とトキメキが本当に新鮮だった。 休日の半日を街ブラだったり公園散策からのカフェ経由で川沿いウォーキングだったり、時折スベるギャグを交えながら、オモシロおかしく私をエスコートしてくれる岸本さんに私は夢中になっていた。
いつしか敬語も使わなくなり、食事会で出会ってから1ヶ月半が経った休日。
11月中旬にしては快晴で気温も高いポカポカ陽気の穏やかな日だった。
私は、ゆったりとしたベージュのタートルニットにデニムのペンシルスカート、髪もアクティブにポニーテールにして、靴は濃いブラウンのスエードのショートブーツでカジュアルに。
気取らずに街ブラというか、岸本さんのリクエストで家電屋さん巡り に付き合っていた。
そしてお約束のように立ち寄った、いつもの郊外ショッピングモールの中にあるカフェ。 私たちは、夕方の混みあう店内で一番角の二人用テーブル席で向かい合っていた。
いつものように 仕事のことや大好きな野球のこと、最近のプチトピックスとか、今日購入したワイヤレスイヤホンのことなど、とりとめのない話をしていて、ふっと話題が途切れる。
(キャラメルマキアートは甘すぎたー)とか、なにげに私がシンプルなことを考えている時、彼が口を開いた。
「そういえば えーっと、付き合っているのかな? 」
「えっ? 」唐突な振りにびっくりして私は顔を上げる。
「あ、オレらって、どう? どんな感じ? 付き合ってる? もしかして 」
岸本さんと目が合った。 彼のその目は真剣。
私は努めて冷静に、そしてほんの少しだけ間をおいた。
「あー そうかも? んー でも私は別に良いと思うけど? 」
私は語尾を微妙にあげて、クリームだけを残したキャラメルマキアートへ視線を落とす。 さすがにこれ以上は彼と目は合わせられない。
突然の彼からの言葉は、すごく嬉しかったけれど、なんだろう、このくすぐったいけれど ぐわぁーっとなる、随分久しぶりなこの感覚。
それが気恥ずかしくて、はっきり Yes と言えなかった私は本当に素直じゃない。
「そっかー よかったー 」
岸本さんがニッコリするから、私も目を合わせず笑みだけを浮かべる。
「めっちゃ ドキドキした!! マジで でも、よかったー! 」
「えー? ホントに? 」
冷静を装っているけれど、実は私のほうが照れていたのかも。
「ホントだって! マジ 脇汗、掻きまくったよ! 」
「もぉ!! 」
いい感じ、きっとお似合いの二人だよね!
あの食事会の 「予感」 が 「現実」 になった瞬間。
カフェを出て駐車場までショッピングモールの中を歩きながら 「どう?」 と彼から差し出された左手に、私はためらうこともなく右手を合わせた。
私の年齢を思えば、これくらいで照れくさいと思う方がおかしい、というより、照れていることを彼に悟られたくなかった。
久しぶりに繋ぐ男の人の手は大きくて、その大きさと女性とは違う骨太さがとても頼もしく感じられた。 あ、でも まだ 恋人つなぎ ではないけれど。
セダンタイプ車、助手席に座わらせてもらうと、彼はエンジンをかけるなり 早速、私に、
「あ、名前だけど なんて呼ぼうか? 」
「アヤカ…… かな? あ、でも昔からの友達は アヤ って呼ぶし、どっちでも呼びやすい方で 」
「そっか、了解 」
「あっ 私は? なんて? 」
「普通に、ダイキでいいよ。 じゃぁ、よろしくです、アヤ! 」
「ハーイ、こちらこそ えっとぉ ダイキ 」 最後はポソッと呟くように。
二人の目線が絡まり、どちらかともなく意識的に声を立てて笑って、照れくささを誤魔化した。
車がショッピングモールを出てから、幹線道路に合流する信号待ちで、
「あ、もう少しドライブ、大丈夫? 時間とか 」 と大樹が尋ねてくるから、
「うん、大丈夫 」
私ももう少し一緒に と思っていたから、実は大樹の提案は嬉しかった。
「じゃ、定番だけど、あそこへ行こうか 」
「あそこ? 」
「うん、あそこ(笑) びっくりすると思うし! 」
「え? どこ? どこかな? ま、とにかく安全運転で、よろしくデス 」
「了解!! 」
車内では、そろそろ車を買い換えたい話とか、動画サイトで見つけたオモシロ動画の話とか、J-POPをBGMにして、あれやこれやと会話が弾む。
「ねぇ、ホントに どこに? 」 「すごいところ~ 」
なんて言葉を挟みながら着いた先は、知る人ぞ知る夜景の穴場だった。 途中、坂を上り始めたあたりから、私は なんとなく気がついていたのだけれど。
(元カレにも連れてきてもらった過去はもちろん封印)
車を降りて手を繋いだ私たちは街灯を頼りに展望所へと向かう。
「ここの夜景ってマジでヤバいから、びっくりし過ぎるなよー! 」
私がここに来るのは初めて、と思い込んでいるらしい大樹が言うから、
「えー! ホントに? 楽しみ! 」驚く私は、大げさ過ぎたかも。
得意気な大樹に、いつもの私の悪い癖が出ているとわかっていたけれど、ここはやっぱり男の人に花を持たせてあげるのが筋だよね。
私の頭の中にいる冷静なもうひとりの私が、そっとアドバイスする。
少し歩いて着いた展望所、他に何組かカップルがいたけれど、私たちと同様に他のカップルのことなど眼中になく寄り添いイチャついている。 そんなシーンは前に来た時と変わっていない。
「すごい! ね? すごいでしょ? 」と大樹がはしゃぐ。
「うん、すごく綺麗 ホントに綺麗! 」
恋人になった初めて日に、その恋人と来ることができた喜びもあって眼下に広がる夜景は、前に見た時よりも輝いて見えて圧巻だった。 それにお天気が良かったせいで夜空には満天の星達が煌めいている。
大樹に寄り添って腕を絡めていた私は、不意にぐっと抱き寄せられた。
無抵抗の私に安心したのか、次に大樹は顔を寄せてきて、すぐに唇を重ねてきた。
「……っ 」
不意に突然のキス。
タイミングは?とか、私の気持ちは?とか、キス自体の上手下手とかよりも、とにかく新しい彼と 「キスをした」 という事実だけで私の気持ちは昂っていた。
その日、その後、正直、どこをどのようにして帰宅したのかは覚えていない。
車を降りる直前に クイっと軽く顎を掴まれて、もう一度 軽いキスをされた。
「口紅、大丈夫? 」
彼に聞かれて ハッとした時に、ようやく地に足がついたような気がした。
それからの一週間は恋人同士として過ごすことになったけれど、お互い 変に畏まった様子もなくて、電話やLINEでも ごく普通にいつもどおりの他愛もない話をして過ごした。
次の休日デートは少し遠くの海までドライブ、そして海沿いのカフェでまったり。
デートの終盤には、さも当然かのように、というか ごく自然に? ホテルに誘われて、私も拒むことなく彼を受け入れた。
私自身の、ウブじゃないのよ!的な小さなプライドや、彼を逃がしたくないという本音が、後押ししてくれた。
大樹は私に、エッチが好きなことを「公言」している。
健全な男子だったらエッチは好きに違いないし、堂々と言われるほうが、むしろ微笑ましくて安心感もある。
ただひとつ、彼が口にはしない、フェチな性癖があることは食事会の後から何度か会っているうちに薄々気がついていた。
彼は、女性の「脚フェチ」で、もっと言うのならストッキングが好きなのかな? ってこと。
なんとなく感づいた私は、彼の趣向に気遣って、会う時には意識的にストッキングを穿くようにしたし、この先どんなに寒くてもタイツはできるだけデニールの低い薄いタイツを穿いて彼に会うように心掛けていた。
そんなことがありながらも彼を知っていくたびに私の心と身体の内は、彼のことを、より深く そしてより一層 愛おしく感じることができるようになっていた。
もちろん、大樹に溺れていきながらも、どこかで、三十路を目の前にしているという現実を忘れることはなかった。ううん、忘れてはいけないと思っている。
それは、単なる恋愛ではなく確実なゴールイン(結婚)が前提の恋愛にしたかったから。
だけど、大樹の方は、そういう私の現実については、まだあまり深く考えていないみたい。
大樹に、あまり圧をかけないように、かといって、軽い恋愛ではないことは暗に示すようにと、そういう駆け引きみたいなことは 慣れてはいないけれど、水面下では必死で二人の関係性について、私なりに微調整をしているつもり。
そういう面での負担はあったけれど、恋愛自体はいたって順調。
大樹は恋人として、友達にも両親にも自信を持って紹介できる人だということが、私に安心感のようなものを与えてくれていたから。
私からは、まだ正式に大樹と交際をしていることを両親には話していない。
だけど母だけは、あの食事会の日を境に明らかに変わった私の雰囲気や行動、そうじゃなくても、毎週の休日にはオシャレに飾って出掛ける娘に、何かがあったことに気がつかないはずはない。
だからなのか、私に向ける言葉と視線はいつも優しかったし、この恋愛を静かに見守ってくれている? ううん、見守るというよりも年頃の娘の恋愛だから、今度こそ結婚というゴールに繋がることを、親としてあえて距離をとって静観する、悪く言えば 「泳がせている」 そんな感じのようにも思えた。
そんなわけで、将来を意識し期待もできる恋人ができた私の日々の生活は、それなりに充実したものになっていた。
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