第2話 食事会
食事会は、すっかり秋の匂いが漂い始めてきた休日、10月最初の土曜日の夜だ。
数日前から私も夕奈もそわそわし始め、勤め先でも食事会についての話題が増えてきた。
その日のために、私は 仕事終わりに洋服を見に行ったり、夕奈は美容院で華やかな髪形にしてもらったりと、それぞれのテンションも上がってくる。
洋服に合わせたアクセサリーや靴のコーディネートでも あれこれ悩み「これ」と決めたのに翌朝は やっぱり違う気がしたり。
そんな日々が続き、とうとう「その日」が やってきてしまった。
準備は万端のはずだった。
だけど やっぱり土曜日当日は、あれほど熟考したはずなのにバタバタとコーデをやり直して、あやうく待ち合わせ時間に遅れるところだった。
結局、ふんわりと大きめなリボン結びのボウタイがエレガントなオフホワイトのブラウスに、ブラウンベースのチェック柄の膝丈タイトスカートに決定。
ブラウスのサテン生地の光沢が、ほどよい華やかさを演出しているし、ベージュのジャケットで、少しだけ大人の雰囲気と「きちんと感」を狙ってみた。
セミロングの髪はハーフアップにして、少し前髪にアクセントをつけて。
アクセサリーは小ぶりでさり気ないフェイクパールのイヤリング。
メイクは、普段つけなれていないマスカラやアイラインを試してみたけれど舞台化粧のようになってしまったので、いつものナチュラルメイク プラスアルファ程度にやり直し。
そして今日のために仕事帰りにデパートまで出向き、化粧品売り場のカウンターであれこれ悩み購入した、美容部員さんお薦めのピンク系の新しい口紅をつけ 薄くグロスを重ねてみた。
ファッション雑誌からは「目が合った時の印象が大事」というフレーズにノセられ、背伸びをする気持ちも含めて、目の周りも薄っすらとさりげなくラメで彩った。
そしていつもつけないチークを、今度は量に気をつけて、ほんの少しだけ頬につけてみると、ふんわりとした赤みが肌に広がる。
それだけでも、鏡の中の自分が、いつもと雰囲気が変わって見えるから お化粧って本当に不思議。
昨夜は帰宅途中にあるネイルサロンで、何年か振りにフルコースで上品なフレンチネイルに仕上げてもらったから爪は完璧。 香水はほんの少しだけ手首にワンプッシュ。
あとは靴、本当は夕奈みたいにエレガントな高いヒールを履きたいのだけど、履き慣れていない私は5センチのヒールがやっと。
それでももう少し低いヒールにしようかと最後まで悩んで、友達の結婚式や女子会で2-3回履いて箱に入れたままになっていた、ワイン色のスエードのリボンパンプスを引っ張り出してきた。
最後にもう一度だけ姿見で外見のチェック。 メイクも洋服もアクセサリーも、そして全体のバランスも、これでヨシ!
それにしても、こんなにフェミニンな装いをするなんて、いつ以来だろう?
勤め先こそ制服だけど、私なんて通勤で着る洋服でさえ週毎のルーティンで制服化している今日この頃。
今 感じている年甲斐もなくワクワクした感覚と華やいだ気持ちが擽ったくて、でも悪くないな。 できることなら毎日とは言わないけれど、ううん 毎日でも味わっていたい気分。
そんな気分のまま自宅の最寄りの駅から快速電車に揺られて20分弱、駅からは夕暮れで賑わう表通りを直進する。
コツコツとヒールの奏でる軽快なリズムは、私に心地良さを感じさせると同時に、今日の食事会への期待感が歩を進めるごとに膨らむような気がして、そんな単純な自分に苦笑しながら、食事会の開催されるお店の近くにあるファッションビル前に到着した。
この界隈では待ち合わせの定番となっているこの場所で夕奈と会うことにしている。
土曜日なので人も多い。そんな人混みの中で夕奈の姿を探す。
と、先に到着して視線を雑踏の中に向けていた夕奈と目が合った。 手を振りながら弾むように駆け寄ってきた夕奈からは、いつもの甘い香りが、ほんわりと鼻孔をくすぐる。
「んん? 彩? なんかいつもと雰囲気が全然違うー 超イイ感じ!! 」
夕奈が笑顔で私を冷やかす。
「え!もぉ!失礼ね~! いつもの私がイイ感じじゃない みたいじゃん! 」
夕奈の冷やかしも褒め言葉だってわかるから、私は照れながら少しだけ怒ったふりをして夕奈に返す。内心は全然嬉しい。
そんな夕奈はファッション雑誌から抜け出してきたようなメイクとファッションで、いつもにも増して艶やか。
ほどよく体にフィットしていて裾だけがフレアになった上品な花柄のワンピースにソフトラインの紺色のジャケット。でも着慣れしているせいか 「無理してます感」がないのは、さすが!
私には到底真似なんてできないメイクテクニックを駆使して、ぱっちりとしたお人形さんのような目、ウルウルとした肌にほんわりとしたチークの頬。
女性の私でも 「美味しそう」 と思えるような、ほどよいグロス感の唇。
夕奈は、あらゆる情報の中から、自分にあったものを選び取るのが、とても上手だから。
そのうえ 男子からどう見えるかということを、常に意識している。
計算しつくされたそのメイクとファッションは、いつも以上に時間をかけていることが伝わってくる。
夕奈こそ けっこう頑張っているのに、どうしても私を冷やかしたいらしい。
「だって いつもの彩と違うし 気合入ってるって感じ。 ものすごく頑張っていますー! って 」
「せっかくセッティングしてくれた食事会だし、夕奈に恥をかかることないように って、だからちょっとだけ頑張ったかも、ちょっとだけねっ 」
普段の私はナチュラルメイクで服装はカジュアル路線。だから今日みたいに少し頑張っただけでも、いつもの私を知る人には日常の姿とのギャップを感じさせてしまうみたい。
「ちょっとだけー? そうかなー?? 」笑いながら、まだ夕奈が冷やかす。
「もぉ! 意地悪だ―! 」
「ごめん ごめん うん 頑張った。たまには良いでしょ?勉強にもなるし 」
「なった なった。これだけ頑張ったんだし めっちゃ期待していい? 」
私は本気の笑顔で声量を少し落として聞いてみる。
「うん 大丈夫! 大丈夫? んー はてはて 大丈夫よね? 」
「えー! 夕奈~!! ホントに大丈夫?? 」
「あはは、とにかく頑張りましょうー! 」
顔を可愛くかしげて笑顔で夕奈がおどけるので、
「よし!頑張る! 」
私は小さな声で両手の拳を握って笑って返した。
お店に着くと男性陣はまだ来ていなくて、他に出席する女性2名が来ていた。
二人は夕奈の中高時代の友人で、たまに夕奈から名前だけは聞いたことがある人たちだった。
ちなみに夕奈は 麗昭学園という中高一貫のキリスト教系の女子校出身、偏差値の高い伝統のあるお嬢様学校で、そこに通う生徒は 通称「麗女」とも呼ばれている。
私の母もそこの卒業生で、時々 夕奈は母のことを 「ママ先輩」 とふざけて呼ぶこともある。 そんなこともあって、私は麗女さんたちには 少なからず親しみもある。
目の前にいる彼女たちは 綺麗にメイクをしてファッションも垢抜けている。 物腰も きちんとしていて 言葉遣いも柔らかくて丁寧なのは、さすが 麗女さん!
私は気持ちの中に若干アウェー感があったのだけれど 「こんにちは」 と笑顔で話しかけられて 緊張感も少しほぐれたし、それからは自然に笑顔で会話が交わせるくらいに彼女たちと打ち解けることができた。
「おー! 気合い 入ってますね~ 」
夕奈は そんな二人にも容赦のない冷やかし口撃が続く。
「実は すごーく期待してるからー 」 とか
「きのうの晩は眠れなかった 」と白状させて、 みんなで笑った。
聞けば二人とも全力で婚活中とのこと。
私も頑張らないと……
昨夜、ひとつ 心に期したことがある。 今日 この会で、良い出会いが見つからなかったら、今度こそは 婚活サイトやマッチングアプリに本気で踏み込んでみよう って、ううん そんな 上から目線ではなく、頼ってみよう だ。
だからある意味、今回がラストチャンス。 期待が大きい分、空回りだけは しないように。 静かに私は頷いた。
定刻通りに男性陣が4人揃って到着。
男女交互に混ざって4人ずつが一つのテーブルに向き合った中で食事会がスタートした。
夕奈と男性側の幹事さんの盛り上げもあって自己紹介から始まった食事会は、開始当初からとても気さくで和やかな場になっていった。
そんな明るい雰囲気だから話に参加しやすくて、お互いのプロフィールや職場のこと、趣味や好きな音楽の話題で盛り上がり、美味しい料理もスパイスになって、楽しい時間が過ぎていく。
時間が経つにつれて、参加者全員で盛り上がる場から、向かい合わせや隣同士に会話の範囲が狭まってくるのは、よくあるパターン。
お酒の勢いもあったし話しやすそうな雰囲気の男性だったこともあって、私は右隣の幹事さんとの会話が楽しくなってきた。
隣にいる幹事さんの名前は、岸本 大樹(きしもと だいき)さん。
IT関係の会社に勤務をしていて、海外出張とかもたまにあるらしい。(本人さんは まだ行ったことがないみたいだけど)
今回の食事会のきっかけとなった夕奈の知人男性とは大学の同級生らしくて、夕奈とも、その人を介して、たまに連絡をし合っているそうだ。
そんなある日、今回の食事会の話が廻ってきて、すぐに幹事役を引き受けたとのこと。
理数系の男子らしい整然とした話し方と男らしいワイルドな外見に好感が持てた。
好きな食べ物や、贔屓にしている野球チームが同じで、なんとなく良い雰囲気に。だって野球の話題に合わせられるのは私くらいだったし。
(え?もしかして、もしかしたら、お付き合いをすることになるのでは? )
年の功なのか、そんな微かな予感がする。あくまでも予感だけど。
「松本さん、じゃぁ次はふたりでメシ、あ、メシじゃなくて、ご飯でも食べに行かない? 」
雑談の輪の中、一瞬の隙を突いて、私だけに聴こえるような声で誘われた。
(来たぁ~~~) 胸がドキッ。
嬉しかったけれど、すぐに飛びつくのは はしたないと思って、
「あぁー えっとー どうしよう 」と小声で少し考えるフリをする。
「え? 今、誰か付き合っている人とか、好きな人 いる? 」とたたみかけられるから、
「あ、今はいませんけど、んー どうしようかな 」 即答は、やんわりと避ける。
以前、こういう食事会で軽いノリで誘いに乗る女は、軽く見られるって、定番のマニュアルどおりに、まずは私は軽い女じゃないアピールを。
「松本さんとは話も合いそうだし、またゆっくり話をしたいかな って 」
「そうですね、あ、ごめんなさい、ちょっと 」
私はバッグを片手に急ぎレストルームへ。
鏡の前で、一息ついて、クールダウン。
(誘われちゃったよ~? どうする? 私?)
お化粧と髪の形を整えなおしながら、自分でもドキドキしているのがよくわかる。
え? ホントに こんな時どうする?
頭の中で、今までの夕奈の婚活の報告や、女性雑誌の恋愛特集の記事を探してみるけど、気持ちが浮き足立っているせいか、なかなか思い出せない。
レストルームから戻ると、私のいた席には、他の女性が座っていて、岸本さんと楽しげに話をしていた。
さっきのお誘いは、どこまで本気なのだろう? と思いながら空いていた席に移動すると、隣に座っていた別の男性が明るい笑顔で話しかけてくる。
とりあえず話を合わせながらも、私は岸本さんのことが ずっと気になっていた。
結局、食事会は和やかな雰囲気のまま終了。
終始楽しかったから、あっという間だった。
おのおのが笑顔で散会するときのドサクサの中で、さりげなく私の横に並んだ岸本さんが、すごく自然に、だけどみんなに悟られないようなタイミングでLINEの交換をアプローチしてきた。 もちろん私はそれに応えるしか選択肢はなかった。
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