32.らしくない男

 最初より元気を失った店主を置き去りにして書店を出ると、太陽の明るさが二人の目にはよく染みた。

 大きな窓や照明もあったが、棚のせいで店内はどこも薄暗かったのだ。


 二人は同じように目を細め、そのまま顔を合わせて微笑み合った。

 藤色のワンピースの裾が鮮やかに風に揺れる。

 丈を詰めるだけでなく、リタが少しの手を加えたおかげで、さらにシーラによく似合うものとなっていた。


 そのタークォンらしい装いによって、遠い親戚の子でも連れている、と本屋の店主も最初は思っていたかもしれない。事情を知って、根掘り葉掘り聞き出さなかったのは、彼の興味が本にしか向いていたからだろう。


 シーラは声から目立つ。

 その隣にいるのが街の者からよく知られた男なら、なお人の目を奪った。


 そんな視線も、イルハがちらとそちらを見るだけで、逸らされていくのだが。



「結構な額になりましたね」


 シーラが手にした小さな袋は、ずっしりとした重みがあった。


「こんなに貰えるとは思わなかったよ。遠くから運べば、価値が上がるのかぁ」


「それだけ輸送費が掛かっている、ということになりますからね」


「あの船だから、輸送費なんかは掛からないんだけどね。本当にこんなに貰っちゃって良かったのかなぁ?」


「あなたの大切な時間と魔力を使った分の対価ということですよ。あなたの頑張りの結果としては、あの店が付けた値段は安過ぎると思えるものです。先も指摘するか幾分か迷いましたが──」


 イルハが睨みを利かせているから、破格に安く買い取るということはないと分かっていた。

 それでもシーラが少しでも不満を見せれば、少々の職権乱用をしてでも店主と交渉しようとイルハは考えていたのである。

 それがシーラは店主の付け値で即了承してしまった。


 他の国でも同じようにしているならば。

 悪い人間に騙されてはいないかと心配にもなってくるものだ。


 この幼く見える少女はいつも一人で本当にやっていけているのだろうか。



 そんなイルハの心配など知らずして、シーラは喜々として顔を上げると、煌めく瞳で少しの間、イルハの顔を見詰めるのだった。


「どうしました?」


 よく視線を外されることはあっても、同じ人から長く見られるという経験のないイルハは、どうにも落ち着かず、すぐに聞いてしまう。


 それにシーラは満面の笑みを浮かべ答えるのだった。


「嬉しくて!ありがとうね、イルハ!」


「お礼をされる覚えはありませんが」


 笑顔とお礼の意味はよく分からないイルハも、その嬉しそうな顔に同調し笑みを浮かべた。

 大層な理由なく、一緒にいるだけで心が躍る人間もいるのだと、イルハはひとつ学ぶ。


「私が嬉しかっただけだよ!それより、イルハ。このお金で宿に泊まれるよね?この国で一番安い宿を教えてくれる?」


 イルハの瞳に驚きの色が映ったかと思えば、直後にはすべての色が失われていた。


 元々どうしてシーラを泊めることになったのか、イルハはすっかり失念していたのである。

 それは今までのイルハらしからぬことだったが、イルハはさらにらしくないことを言い出した。



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