33.あくまで旅の者

「このまま我が家に泊まって頂いて構いませんよ?」


 らしくない言葉は、口から出て行ったあとにイルハを驚かせる。

 それでもイルハは平然として、何もおかしなことは言っていないという顔を作った。

 ところがその顔も長くは維持出来ない。


「それは出来ないね」


 決して人を突き放す冷たい言い方ではなかったが、はっきりと拒絶の意を示されたことで、イルハの胸は鈍器で殴打されたように強く痛み、それからじわじわと時間を掛けて焦燥感が広がった。


 勝手に心に入り込んで、勝手に出ていく。なんと勝手な人だろう。


 焦りはすぐに憤りへと変移し、少々むっとして不貞腐れたくもなったイルハだったが、元より湧き上がる感情を軽々と制圧出来る男だった──


「……出来ない理由をお聞きしても?」


 ──と自負する前に周囲がそう認める男だったのだが。


 今日のイルハは違っていた。

 シーラに聞いたその声色は、低く淀んでいる。


 シーラはそんなイルハの僅かな声音の変化を認めてはいないのか、あっけらかんとして宣言した。


「前にも言ったけど、返す当てのない貸しを作らないようにしているんだ」


 旅人らしい、人を突き放す冷たさがこれだとしたら。

 そこはかとない淋しさは瞬く間に広がって、イルハの胸中を占拠した。

 感情を抑制し、外に出さないように出来た男はどこに消えたか。


 まだ二晩。だがもう二晩。

 二度も音楽を共有したら、心まで通じ合えたとイルハは錯覚していたことを知る。


 だがそう錯覚しても仕方がないほどに、共に奏でた音楽は一体感を得ていたはずで、あの瞬間、この国にある者とそうでない者という区別は考えることも厭うほど無意味なものに成り果てた。


 シーラは違った、ということだろうか。

 探るようにして見ていたイルハに、シーラはにこりと微笑むと話題を変える。



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