31.振り回された男

「待った。待った。やっぱりその本は売らないことにするよ」


 店主の無念そうな顔にも触れず、シーラは淡々と次の要望を伝えた。


「ねぇ、お兄さん。それより、私も本を買いたいんだ。この国の本があるのはどの辺り?」


 そう広くない店ではあるが、極限まで狭い間隔で並べられた棚から、目的の書を探し出すのは至難の業だ。

 しかもどの棚も天井すれすれまでの高さがあっては、小柄なシーラからは視界を遮る障害物としてその瞳に映っていたに違いない。

 長身のイルハであっても、上段の本を取るには梯子を使う必要があったくらいだ。


「どういった本がご希望で?」


「この国らしい本がいいんだ。この国発祥の物語とか、この国の歴史書があればそれを。この国で書かれた魔術書なんかもあったらいいなぁ。あぁ、それと。十歳くらいの女の子が好きそうな本もあったら」


「ふむ。それならこちらに──」


 店主がシーラを案内しようとしたとき、またイルハがこれを制した。


「それも待ってください。シーラ、買うのは後にしましょう」


「どうして?」


「その前に家に戻りましょう。見せたいものがありますから」


 シーラは首を傾げたが、すぐに頷いた。

 三日目にして、互いに信頼感を築けているようだ。


「分かったよ。今は売るだけにしよう。また後で買いに来るね、お兄さん」


「そうかい。ところで、さっきのノーナイト王国の本なのだけど」


「売らないったら、売らないよ!」


 店主はがっくりと肩を落として項垂れた。

 珍しい貴重な本だ。

 正直なところを言えば、自分が一番に目を通したかったのである。

 だから利益をいくらに設定するかの問題以前に、イルハにすぐに売却してしまうことは憚れた。せめて査定の時間を長めに取って、何なら後日改めて取りに来るよう頼み込み……とイルハ相手に果敢にも色々な策も練っていたのだ。

 それなのに……。


 店主は落ち込みながらも、二人を長く待たせてはいられないとその他の本の査定に集中する。

 ノーナイト王国の本ほどではなくも、珍しい本が沢山あっては、落ちた気もすぐに逸れていった。


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