26.不可思議な舞

 結局船は、堤防内を三周も回ることになった。


 それほど海上に居たにもかかわらず、完全に船が停泊したとき、皆が持った感情は満足感を越える喪失感であって、イルハの胸にも皆と同じようにもの寂しさが広がっていた。

 イルハの場合、それは昨夜共に創った音楽が完全に終わったときに得た感情と一致していて、この娘は存在そのものが音楽に近いのだと、イルハは改めて実感するのだった。


 シーラと出会ったのは昨夜で、まだ二日目。

 だと言うのに、何度心を乱されてきたか。

 イルハにとって初めての経験である。



「あ、そうだ。イルハ」


 役人たちがぞろぞろと船を降り始めたとき、あの小屋から本を抱え出てきたシーラが、すでに帆が畳まれたマストを甲板上に留まってじっくりと眺めていたイルハを呼び止めた。


「この国で本は売れるかな?」


「未成年が利益を得る売買をすることは原則禁止しておりますが、保護者かそれに準ずる大人が同伴すれば可能ですよ。リタかオルヴェに頼みましょう」


「あら、坊ちゃま。それは坊ちゃまがご一緒した方がいいわ。きっと高く買い取って頂けるもの」


 いつの間にか側に立っていたリタが急に口を挟んだ。

 役人は誰一人船上になく、もうリタは気遣う必要がなかったのだ。先まで気遣っていたかどうかは、置いておく。

 しかもその役人らの姿は岸壁の上にも存在せず、あれだけ集まっていた守り人や警備兵たちも蜘蛛の子を散らした後だった。逃げ足は速いが、確実に無駄な足掻きとなろう。

 と少々、ほんの少々に限ったが、リタは彼らに心の中で同情しておいた。


「リタは酔わなかった?」


「えぇ、大丈夫よ。本当にまったく揺れないのね」


「今は気を付けたからね。一人の時はもう少し揺れているよ」


 本の話がどこかに消えた。

 イルハが苦手とする現象であったから、イルハはひとつ咳払いをしてから言う。


「船を改めさせていただいたお礼に、人をやって本を運ばせましょうか?」


 とっくに逃げた後ではあるが、警備兵ならいくらも捉まろう。


「大丈夫。自分でするよ。ほら」


 シーラの手元の本が一冊、ふわりと浮かんだ。

 本はそのまま宙を浮かび、ゆらゆらと揺れながら小屋の中へと戻っていく。


 それを追い掛けるように、シーラの手元に残っていた二冊の本も手から順に離れた。




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