12.不可解な船旅
まだまだシーラが提出した来訪登録書類への疑念は続く。
「あ、あ、あの、副長官殿。入国経路もご覧ください。あり得ないことを書いているんです」
シーラは船の旅行者に違いないが、問題はその船の所有者との関係にあった。
「あり得ないことなんて書いていないよ!自分の船で来たんだから」
「帆船で一人旅なんて、聞いたことがありませんよ」
やはり役人はシーラに対しては発言が強気だった。
蒸気船が主流のこの時代に、帆船で、ましてや若い女性が一人旅など、前例がないと言っては憤る。
その態度の急変振りには、笑えるものがあった。
イルハがすーっと視線を向ければ、途端青褪めて震え出すのだから。
「ふ頭の守り人には確認したのですか?」
「ふ、ふ頭?守り人ですか?い、いえ、しておりませんが……」
「有り得ないと決めつけて確認を怠って良いと、誰に習ったのです?君の指導係は?」
すでに彼の真後ろに、一人の役人が立っていた。それも完全に血の気を失った真っ白い顔で。
この役人によって、速やかにふ頭の守り人に確認が取られ、確かに一人しか降りて来ない不思議な帆船があり、今もなお経過観察中だということが知らされた。
今のところ、シーラと思われる少女以外、誰一人降りてはおらず、外から見た限りではあるが人の気配も感じられないと言う。
役人たちは報告を受けて一層顔色を悪くしたのだが。
しかしこの上役の男、気の弱そうな見た目よりずっと狡猾だった。
「特別な事例ですので、是非副長官殿のご意見を」
イルハにすべてを丸投げたのである。
イルハは顎に左手を軽く添え、目の前の男に対する嫌がらせの意も込めつつ、少しの間考えた。
案の定、上役の男は冷や汗を浮かべ、イルハの機嫌をこれ以上損ねまいとその白い顔に作り笑顔を張り付けている。
見ていて気持ちの良くなる顔ではない。
その男からシーラへと視線を移したイルハは、もう一度これまで彼女から得て来た印象を改めた。
昨夜わずかな時間を共有しただけではあるが、この娘が何か悪いことを企んでいるとはとても思えない。
こういう勘は冴えている方だと、イルハは自負している。
「確かにあまり聞かない例です。シーラ、失礼ながら、船内を改めさせていただいても?」
「どうぞ。見られて困るものは──」
シーラの言葉が不自然に止まった。
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