11.疑われた少女
「ふ、ふ、ふ、副長官殿のお知り合いですか?」
「えぇ、少しばかり。シーラ、記憶のある限りで構いません。幼い頃に立ち寄った港などがありませんでしたか?どちらもその国を記載してください」
シーラはすぐに困った顔になる。
「どうしよう、イルハ。そこは国じゃないよ」
「どこです?」
「ザイルメなの」
おそらくシーラ自身も気が付いていないことだが、イルハに対するときのシーラの口調が最初のときから変わっている。
昨夜、夜も更けた頃に分かりやすく変化したそれが、今朝も続いていて、そして今。
共有した音楽の余韻が確かに残ったようで、イルハは密かにこれを楽しんでいたが、もちろんこの場にて表情に浮かべるような愚かな真似はしない。
「自治区ですね。そのまま書いて大丈夫ですよ」
しかしリタは、若き主人の僅かな声音の変化を敏感に受け取って、満足気に微笑むのだった。
イルハはこの思わせぶりな笑顔を見ていなかったから、勤務態度を崩さずに済んだというものである。
「どちらも国の字が書いてあるのに、国じゃなくても平気だったの?」
「問題ありませんよ。出生国も国籍もザイルメ自治区と記載してください」
シーラが書類を記入している間に、イルハは担当官にその他の問題点を聞き出した。
「ほ、他に……そ、そうです!せ、せ、生年月日も覚えていないと申しまして……」
イルハが視線を向けるだけで、この若い男は震え上がり可哀想にもなるが、イルハは落ち着くようにと諭すこともせず、淡々とシーラに問い掛けるのだった。
「本当に覚えていないのですか?」
「大体このくらいかなっていう感じで」
「ご両親に聞いたらいいでしょう!本当はご両親と来たのでは?」
窓口担当者の若い役人は、たまらず言った。
シーラに対しては変わらず強気になれるのは、受付係という役目にあるからだろうか。
しかしよく考えれば、イルハの知人。近くで若い彼の様子に戦々恐々として、身を縮めている中年の男がある。
「親のことは知らないんだ。父は生まれる前に亡くなっていたし、母も私を産んですぐに亡くなったと聞いたよ」
一瞬でその場の空気が変化した。
若い役人も、少々気まずそうに、両手を揉み合わせている。
「そ、そうでしたか。そうしますと……」
経験の浅い役人には、臨機応変な対応が出来ないのだろう。
「事情は分かりました。そのおおよその日付を書いてください」
なかなか先を言わない役人の後を継いでイルハが発言すれば、周囲の視線が何やら一つの念を物語った。
それは決して、好意的な類のそれではない。
「分かるのは年と月くらいだけど、それも間違っているかもしれないよ?」
「あなたがそうだと思う年月でいいですよ。日付は分かりやすく、一日にしておきましょうか」
シーラは頷くと、シーラが信じる生年月日を記入した。
イルハは即座に頭の中で年齢を計算する。
十六歳。
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