6.海生まれ海育ち
広い食卓へと案内されたシーラは勧められるままイルハの隣に座り、向かい側の席にはオルヴェとリタが腰を下ろした。
食卓の上にはすでに様々な形の皿が料理を乗せて並んでいて、その色鮮やかさに加え、香辛料の強い香りや立ち上がる湯気を見ていれば、そこにあるだけで食欲をそそられる。
お腹が空いていたシーラは待ちきれないとばかりに料理に向かい手を合わせた。
「ありがとう!いただきます!」
両の手のひらを合わせた状態で元気よくそう言うと、シーラはさっそくナイフとフォークを手に取った。
タークォンには食事を前に手を合わせる習慣はなかったから、不思議なものを見る目で皆がシーラを見詰めている。リタたちは彼女の両手に巻かれている白い布も気になった。
リタが用意した魚の煮込み料理を、シーラは音もなく切り分けると、それをするりと口に運ぶ。
ナイフとフォークの扱いは見事なもので、とても美しい所作だった。
「美味しい!これはなんていう魚なの?」
「コチよ。この辺りではよく獲れるの」
イルハは気付かれぬよう、自分も食事を堪能しながら、横目でシーラの所作を確認した。
一口、また一口と、彼女が料理を口に運ぶたびに、その後ろから音楽が聞こえてくるような気がしたからだ。
それもとてつもなく美しい音色が。
この娘は存在そのものが音の集まりのようである。
誰の食事も邪魔せず、無作法にもならない、そのちょうど良い間を空けながらお喋りに興じていれば、なおのことそれは強まった。
「まぁ、シーラちゃんはずっと一人で旅をしてきたの?」
「もう数えきれないくらい国を観て来たよ」
「凄いわねぇ。ねぇ、坊ちゃま」
大海に沢山の島国が浮かぶこの世界で、どれだけの港に立ち寄って来たのだろう。
「祖国はどちらに?」
イルハは仕事柄気になっていたことを尋ねた。
旅人らしく、シーラもこの手の質問には慣れていたのだろう。すぐに笑顔で返答する。
「祖国なんてないよ。海で生まれたからね」
「海で生まれたんですか?」
「そうだよ、海で生まれたんだ」
「船上で生まれ、育てられたということですね?」
「まぁ、そんなところかな」
少々立ち入り過ぎたかもしれないと、イルハは自身を恥じたが、シーラはどこまでも明るかった。
「おかげでこんなに自由だから。嬉しい限りだね」
「確かにシーラちゃんからは、自由そのものを感じるよ」
「本当?それは嬉しいな」
シーラもまた、特別な気遣いを望んでいないのであろう。
だから他人にも気遣わないのだと、イルハは理解する。
「リタ、明日は彼女の来訪登録を手伝ってあげてくれませんか?」
「イルハ、リタにそんなことを頼まなくても大丈夫だよ。一人で出来るよ!」
「嫌だわ、シーラちゃん。私って意外と暇なのよ。予定が入って嬉しいわ」
「だそうだから、シーラ。明日はリタと王宮に来てください」
リタとオルヴェがひっそりと目を合わせていたが、目の前の二人は気付かない。
ちょうどそれぞれに横を向いて、顔を合わせていたからだ。
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