5.オルヴェとリタ
「いつもはどうしているの?別々に食べるの?」
答えを得るべき者を見極めたシーラが、少女らしい純粋な瞳で見上げイルハへと問い直す。
「我が家では使用人と食事を分け隔てる習慣はありませんが、その日によって違います。私も仕事で遅くなることが多いので、二人には先に食べて頂くようにしているのです」
イルハが改まった口調を変えないところに、常日頃からの使用人への振舞い方が見て取れた。
しかし、シーラがそれを察してこれからの発言をしたのではないだろう。
シーラのそれは、シーラにとってのいつも通りの振る舞いだと、短時間でも気付かされる。
「今日はもう食べちゃった?」
今度のシーラは、直接リタへと尋ねた。
リタもまた、穏やかに微笑むと、子どもにするように優しい声色で返答する。
「私たちもまだですよ」
「じゃあ、みんなで一緒に食べようよ。ねぇ、イルハ!」
イルハを見上げて、シーラは嬉しそうに笑った。
イルハは深いため息を漏らしてから言う。
「リタ。今日は皆で食べましょう。そのように用意してください」
「リタって言うんだ。私はシーラだよ。よろしくね、リタ」
老婦人にも、敬称を付ける習慣はないらしい。
シーラが手を差し出すと、リタは優しく手を握り返した。
「よろしく、シーラちゃん」
「シーラでいいよ」
「シーラちゃんって呼びたいのよ。駄目かしら?」
「それならいいよ」
「あなた、あなた、ちょっと来てちょうだい」
リタが呼ぶと、オルヴェはリタよりさらに重そうな体を揺らし、駆け寄って来る。
「なんだい、どうかしたかい?今、部屋を整えて──」
「可愛いお嬢さんが、わたしたちと食事をご一緒してくれるそうよ」
「これは嬉しいね」
「こちらはオルヴェと言うのよ」
「シーラって言うんだ。よろしくね、オルヴェ」
「シーラちゃんかい、よろしくね」
また握手が交わされた。リタよりももっと分厚い手のひらを、シーラはしっかりと握り返す。
「二人とも同じように呼ぶんだね」
「あら?夫婦だからかしら」
「リタも、オルヴェも、今日は急に来てごめんね。仕事を増やしてしまったね。私はどこでも寝られるから、汚れていてもいいし、物置小屋でも平気だよ!」
「あらあら。私たちは仕事があった方が嬉しいのよ」
「老人には、たまにこういう刺激がないとね」
「ありがとう。気を遣ってくれて」
「まぁ、気なんて遣っていないのよ!それより疲れたでしょう。お部屋で座ってらして。坊ちゃま、すぐにお食事のご用意が出来ますから、それまでお二人で楽しんでくださいね」
イルハは答えなかった。
自分以外で作り出された雰囲気に圧倒されていたからである。
しかし使用人たちは勝手にその場を離れていき、イルハはシーラと残された。
「素敵な二人だね。後でお礼が出来るかな?」
「お礼なんて要りませんよ。私が勝手にあなたを連れて帰って来たのです」
「返せない恩を残すのは嫌だもの」
「それは旅で得た信条か何かですか?」
「そんな難しい意味はないよ」
シーラは豪快に愉快気に笑ってみせた。
何がそんなにおかしいのか、イルハには何一つ分かっていなかったが、その喜びは確かに胸に伝わっている。
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