4.レンスター邸宅

「立派な家だね」


 レンスター邸宅の重々しい石門を潜ったとき、シーラは素直に感嘆していた。


 通りから届く街灯の光が作る薄闇の中でも十分に分かる、壮大な庭の存在感。

 その奥に、これまた立派な石造りの邸宅が、重厚さを称え建っていたのだ。


「お帰りなさいませ、坊ちゃま」


 玄関では、老いた二人の使用人が出迎えてくれた。

 オルヴェとリタという。彼らは夫婦だ。


「客人がいます。その呼び方は辞めて頂けますか?」


 イルハの言葉は耳に届いていない様子で、オルヴェとリタは嬉しそうな顔をして、豊かな体を揺らした。


「急で申し訳ありませんが、一人客間に案内して貰えますか?それから食事の用意も」


「まぁ、まぁ、坊ちゃまが女性をお連れするなんて!」


「これは大変だ。すぐにご用意を!」


「勘違いしないでください。旅人が困っていたから、連れて──」


 最後まで聞かず、二人は踵を返して邸宅の奥へと戻っていく。歳のわりには機敏な動きだ。


「お父さんとお母さん?」


「彼らは使用人ですよ。父も母もすでに亡くなっています」


「使用人さんか。素敵な人たちだね」


 怪訝な顔で見ていたことに気が付いたのだろう。

 顔を上げたシーラはこれを察したようで、急ぎイルハに向けて言葉を重ねた。


「何か聞いた方が良かった?それとももっと気遣った方が良かったかな?」


 素直に聞かれたイルハは、思わず口元を緩ませる。


「そうされない方が嬉しいですね」


「それなら良かった」


 何やら慌ただしく舞い戻ってきたリタが、二人を交互に見やりながら微笑んだ。


「まぁ、坊ちゃま。玄関でお立ちになっていないで、早く寛いで頂きましょう。さぁ、どうぞ。お足のものは、こちらに履き替えてくださるかしら?」


「家では靴を脱ぐの?」


 シーラは不思議そうにイルハを見上げる。


「この国の習慣ですよ。お願い出来ますか?」


「もちろん」


 シーラは代わりに用意された布製の室内履きに足を通したが、少々大きいようでその場で足踏みをすれば浮いた室内履きがパタパタと小気味よく鳴る。


「先にお食事にしましょうか。坊ちゃまとご一緒ですね?」


「リタ。まずはその呼び方を辞めていただ──」


「二人は一緒に食べないの?もう食べちゃった?」


 話を遮るようにシーラが言うと、リタは「まぁ!」と漏らし、明らかに嬉しそうな顔をした。



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