7.手厚いもてなし
「一人でも平気だよ」
シーラは子どものように口を尖らせ、初めて不満気な顔を見せた。
本気で怒っているわけではないが、一人前の旅人としては心外だというように。
これを受けてもイルハの淡々とした態度は何も変わらず、リタとオルヴェはまた顔を合わせ今度はそれぞれに頷いた。
「この国には沢山の法があります。あなたはいつ法に触れて、警備兵に連行されるか分かりません。そうすると私の仕事が増えてしまいますから、王宮には必ずリタと共に来てください」
「そんなに沢山の法があるの?」
「法で守られている国ですからね。厳しい法があるからこそ、皆が安心して暮らしていけるというものです」
「ちょっと厳し過ぎるところはあるがね」
オルヴェは軽快に笑い、ブランデーを煽った。すっかり寛いでいて、使用人らしさはない。
「シーラちゃんには、居心地が悪い国じゃないかしら?」
「まだ来たばかりだから、この国のことは分からないよ」
「せっかく来てくれたんだもの。居心地良く感じて欲しいわ。ねぇ、坊ちゃま」
「今はとても居心地がいいよ。リタもオルヴェも素敵な人だから!」
取って付け加えたように、シーラは続けた。
「イルハも素敵だよ!」
「それはどうも」
素っ気なく返したイルハを、オルヴェとリタが温かい眼差しで見詰めている。それがイルハにはとても居心地が悪かった。
「食べ終わったら、お湯を使ってね、シーラちゃん。お着替えも用意しておくわ。坊ちゃま、奥様のお洋服を使っても?」
「そうですね。少し大きいかもしれませんが」
「奥様って?もしかしてイルハの奥さん?」
「いえ、私の母のことです」
「お母さんの服!そんな大事な服は着られないよ」
「誰も使っていませんから、構いませんよ」
「私はすぐに服を汚すんだ!そうしたら困るでしょう?」
「汚しても構いませんよ」
「いいよ。着替えなら船から取って来るから!」
「未成年のあなたにこれから外出されては私が困りますね」
「でも」
「本当にいいんですよ、シーラ。そろそろ処分しようと考えていましたから、存分に汚してください」
イルハは果実酒を口に含み、さらりと言った。
シーラに酒を提供しないと宣言していたのに、気遣いを忘れ、リタが用意した酒をいつも通り飲んでいるくらいには、イルハも自宅に戻ったことで気が抜けている。
「最後にあなたに使って頂けたと知れば、母も喜ぶでしょう」
シーラは困った顔をしていたけれど、やがて「そういうことなら、有難く」とこれを受け入れた。
何故かイルハが、この場で最も満足そうに頷いている。
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