メスブタこそ至高

 ラーメン屋に到着し、待つこと20分。

 着席と同時にメスブタラーメンを四人分頼むと、それから10分後に全員分が出てきた。

 30分くらいならまあ待ち時間としては短いほうだろう。


 メスブタラーメンはアワビの形状をしたチャーシューももちろんだが、豆付きもやしにかけてある白濁したとろみあんがまた何とも言えず美味いんだよなあ。


「メスブタラーメン、おいしい……」


 一口食べて、アンジェが思わずという感じで漏らした言葉は、カウンターの向こうにいた店主らしきおっちゃんにも届いたようだ。


「ガハハ! お嬢ちゃんみたいな外人さんにそういわれるとは嬉しいねえ!」


「うん、本当においしい……」


「ありがとな! うちのメスブタラーメンはスープも背脂もチャーシューも選りすぐりのメスブタしか使ってない自慢の一品よ! スープまで一滴残らず全部堪能してくれよ!!」


 おっちゃんはアンジェに絶賛され上機嫌で言葉を続ける。


「この味はメスブタでないと出せない味だ! メスブタにはメスブタの良さがあるんだ、それは人間も同じだな! はっはっはー!」


 よくわからない理屈である。

 が、何やらその言葉は暮林さんに響いたようで、暮林さんの箸がそこで止まった。


「……そっかあ、たとえメスブタでも……いいんだよね、そうだよね。だから、同棲しようって言ってくれたんだもん……うん、前向きに、がんばろう」


「?」


 何か独り言をぼそぼそ言ってる暮林さんだけど、内容の理解はできない。それよりも今は麺がのびる前にラーメンを平らげることのほうが重要じゃないのか、と余計なことを心配する俺。


「気に入ったなら、お持ち帰りもあるぞ! 真空フ×ックしたメスブタチャーシューもちゃんとついているから、ぜひよろしくな!」


「……真空パックの言い間違いだよな?」


 おっちゃんはおっちゃんで、変わらずハイテンション続行中。アンジェからおいしいって言われたのがそんなにうれしかったんかな?


 まあいい、せっかくだからお持ち帰りで買って帰ろう。



 ―・―・―・―・―・―・―



「お兄ちゃん、ごちそうさまでした……本当においしかった」


「うん、スープもチャーシューも絶品だったし、また来たいな」


「おまけに、あののどに絡みつくような白いあんかけのうまみがずっと残ってるような気がするわね、あはは! あれは傑作だったわ!」


 アンジェも暮林さんも、そしてオカンも全員幸せそう。ラーメンの力は偉大だ、さっきのギスギスした感じがすっかりなくなっている。

 これが賢者タイムか。人間、満腹になると人にやさしくなれるんだな。がんばれー!


「皆に満足頂けて良かったです。ラーメンは世界を救う。じゃあ、これにて解散……」


 ……だが、そこでやさしくないメールが入り込んできた。


『あんた、どこにいるの?』


 差出人は剣崎さん。一行だけの本文だったが、なにか尋ねたいような話したいような問いかけである。けーさつとかの事情聴取とかは済んだんかな。


『いったん自宅に帰ったよ』


 ラーメン食ってた、なんて返信すると怒られそうだから、無難に返してみる。


『じゃあ、夜に時間とれる? いろいろ報告したいことがあるんだけど』


 即レス。

 うーむ、まあ俺としても、その後のなりゆきはいろいろ気になる。


『いいけど、どこで落ち合うつもり?』


『あんたのアパートでいいじゃない』


 へ? また来るの? あんな狭いアパートに、KYOKOみたいな一流芸能人が?


「……どうかしたの、雄太くん?」


 メールを見て眉をひそめた俺をいぶかしむかのように、暮林さんが訊いてきた。


「KYOKOが、夜にアパートまで来るってさ、経緯を話しに」


「……え、ええっ!?」

「はあああぁぁぁ!?」


 なぜかそこで暮林さんだけでなく、アンジェも声を上げた。


「な、なんで飛鳥姉が夜に、夜にやってくるのよ!?」


 何かを危惧するかのように暮林さんが迫って来たので、気圧される俺。弱い。


「そ、そりゃまあ、あんな事件の後だし、いろいろやらなきゃならないことがあるから報告が夜になる、ってことじゃないかなあ……」


「あとだしだろうが中出しだろうが、夜に訪問する意味ないじゃない! おかしいよ、犯しな二人だよ!!」


「いや別に……」


 おかしいのは暮林さんだと思うなあ。なんでそんなに焦ってるん?


「じゃ、じゃあわたしも雄太くんと一緒にいてもいいよね!?」


「ん?」


「べつに変なことをしないのであれば、いいよね!?」


「……」


 なにか切羽詰まったような暮林さんの様子である。が、それはむしろ剣崎さんが喜ぶ展開じゃないのだろうか、と思った。

 いやでも、さっき聞いたときに「同性だいじょうぶ」みたいなこと言ってたしなあ、暮林さん。


 あ、そっか。ひょっとして剣崎さんを俺に取られそう、みたいな危機感を持ってる?


「ま、べつにいいよ。剣崎さんもそっちのほうが喜ぶだろうし」


 この二人は相思相愛に一歩近づいた。俺の合コンもほぼなされたといっていいな。

 だいいち、ビアンな芸能人とノーマルな一般男性の俺がどうこうあるわけなかろうもん。俺はこの年齢まで、咳をしようが自慰をしようが一人だったんだからな。ビバ放哉。


「じゃ、じゃあ、アンジェもいる!!」


「アンジェは明日から学校だろうが」


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