大事なものを
万が一、とでも思ったのだろうか、愛莉ちゃんは。もしも、人質に取られてるようじょが、自分の──
「……なにぼーっとしてるの、雄太。後を追うわよ」
「お、おう」
いかんせん予想だにしなかったので、反応が遅れてしまった。オカンにそう急かされ、慌てて愛莉ちゃんの後を追う。
「ひょっとすると、人質に取られてるのは……さっきの子供かしら?」
「いや、ゆきちゃんは俺のアパートに連れてって寝かせたから、おそらく人質にはなってないと思う」
「そうなの?」
「うん」
俺の後をついてきたオカンも、駆けながら愛莉ちゃんと同じ心配をしているようだった。が、それを俺がはっきりと否定したことで、安心した顔を見せる。
「そっか。ならよかったわ。ねえ、雄太」
「ん?」
「血のつながらない娘だからこそ、恥ずかしくないように厳しく育てる親と。血のつながらない娘だから、やさしく育ててくれなかったと思っちゃう娘。どっちが間違ってると思う?」
「……」
そんなん即答できるか。いや、それが何を意味するのかは分かったけど。
つまり、愛莉ちゃんの過去の家庭環境のこと言ってるんだろうな。義理の親と娘の、すれ違い。
なるほど、それで血のつながりがないと分かったとき、愛莉ちゃんはグレたわけか。
しかし、今の久美さんは厳しそうには見えない。おそらく過去の自分の教育方針を反省しているんだろう。
ゆきちゃんがわがままいわない、って謝ってきたときに久美さんが見せた涙は、そんなところからも来ていたのかな。
「まあ、それはそれとしても。今まで自分の周りにあった愛情を全否定してきたアイちゃんが、自分の持っている愛情に気づいた。いいことじゃないの」
「……なのかな」
「そういう時は背中を押してあげるのが、いい男ってもんよ」
そういってオカンはやさしく笑う。勝てねえわ。
ま、でも。愛莉ちゃん、なんだかんだいってもゆきちゃんのことを心配してるんだな。血は水よりも濃いはずだし、親の愛情ってやつを信じてあげたくはなる。
さて、念のため、一応確認。
俺はすぐに追いついた愛莉ちゃんの腕を強引につかむ。
「きゃっ!?」
「おちついて愛莉ちゃん」
「落ち着いていられるわけないじゃない! 他人事だと思って!!」
後ろにのめったまま感情のままに叫ぶ愛莉ちゃんの言葉が荒々しい。
「だいじょうぶ、ゆきちゃんは俺の部屋でぐっすり寝てるはずだから、ここにはいないよ」
「ほんと!? ほんとなの!?」
「こんなことで嘘は言わない。だから落ち着こう、ね?」
俺が務めて優しくそういうと、愛莉ちゃんはほっとしたようにその場でへたへたとなって地面に座り込んでしまった。
俺はつかんだ腕ははなさずに、愛莉ちゃんへ尋ねる。
「なんだかんだいっても、ゆきちゃんのことは大事なんだね」
「……」
「違うの?」
「……大事だと思えるように、なりたい」
「ん?」
「雄太くんへの気持ちを大事にしなかったときから、わたしの生き方はおかしくなった自覚はあるの。だから、まず始まりの、雄太くんへの気持ちを思い出すことから始めようと思った。そうすれば、いままで気づかなかった、ううん、気づかないふりをしていた気持ちも、また拾いなおせるかなって」
「……」
「そういう自分に……なりたい」
ここまで変わるか。即堕ち2コマのような変わり方だな。オカンと何を話したのかはくわしく知りたいところだが。
「そっか。がんばれ」
言われた通り、とりあえず、愛莉ちゃんの背中を軽く押しておこう。
……
いや待てよ。
てことは、愛莉ちゃんは俺のこと……?
これ、立てこもり事件レベルでめんどくさい事案にならなければいいけどな。
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