チキンゲーム
「……」
「……」
「……」
おい。
聞かせてくれよ、とお願いしたのに何も話さないとかどうなの。
話す気がないのかいな?
……いや、いろいろありすぎて、何から話していいのかわからないだけなのかもしれない。もう少し待とうか。
「……」
「……」
「……」
えーと。
もうすでに十五分ほどこの状態なんですけど。なんか知らんけど中庭のほうから大歓声が聞こえてきたし、どうやらKYOKOオンステージは閉幕したなたぶん。
まだまとまらないの? と言いたいけど、急かした答えを聞いても意味ないし、どうしてくれよう。
間抜けに立ってるのもいい加減飽きてきた。つーか疲れてきた。ついつい足をその場でトントンと踏んでしまう。愛莉ちゃんのペースでいいんだよとは言えなくなってきた。優しい世界はまだ遠い。
そんな焦れてきた俺を見かねたのか。それともなにか思うところがあったのかわからないが、そこでオカンがやさしく愛莉ちゃんに話しかける。
「もし何を言っていいのかわからないなら、あなたにとって何が一番大事なのか。それを考えるといいと思うわ」
こんな聖母みたいなオカンを見るのは久しぶりかもしれない。
久しぶり……? ああ、そうだ。そういえば、オカンは……
「……わたしは、ゆうたくんのことが、好きでした」
「!?」
……って、おいおい、ふいうちにもほどがあるだろ。おもわずビクンビクンしちゃったじゃねえか。
ただ、こちらを見ずに下を向きながらそんな告白をされても、正直びっくりするだけでなんもドキドキはしないよな。おまけに過去形だ。
つまり、ここから始めなければならないということなのだろう。
さて、ここで俺はどういう返しをするべきだろう。『俺も好きだったよ』とか言ったほうがいいのか。
勝手がわからずオカンのほうをチラ見すると、オカンは顔を軽く横に振るだけだった。うん、黙っとこ。
俺が黙っていたせいで仕方なさげに、愛莉ちゃんは言葉を続ける。
「……そんな大事な気持ちを、あの頃に置いてきてしまったの」
ネトラーレ王国御用達のロイヤルビッチであることは今までの経緯からも明らかなのだが、両手でスカートをぎゅっと握りしめながら後悔の念をにじませる愛莉ちゃんがなにやら普通の女の子に見えてしまうのは、俺の気のせいにちがいない。
「今となっては、後悔しか、ないよ……」
だが、愛莉ちゃんは下を向いたまま、震えるだけで。
地面にぽたぽたといやらしくない液体が垂れているのも確認出来て、なかなかに心が痛い。
正直にいうと、愛莉ちゃんを罵倒したい気持ちも少なからずあるんだ。あれほどまでに天使なゆきちゃんに対する態度とかいろいろと。
だけど、まだ成人してない身で子供を産んで育てるという現実は、必ずしもきれいごとだけで済まないって言うのはなんとなくわかるから、ここで罵倒したら俺はただのいやなやつに成り下がってしまう。
それに、俺は愛莉ちゃんを地獄の底に落としたいわけじゃない。NTRと違ってBSSRってのは俺のほうに問題があると痛いほど理解してるし、なによりもゆきちゃんはじめ、木村家がこのまま不幸になっていくだけの状況に耐えられるわけもないから。
だから、尋ねることはまずこれだろう。
「……そんなに、ゆきちゃんのこと、嫌い?」
そのとき一瞬だけ、愛莉ちゃんの呼吸が止まった。
なにが愛莉ちゃんにとって一番大事なのか、とオカンは聞いたんだ。もちろん、そこに俺への恋心があるのはうれしくないわけではないけど、はたしてそれは、ゆきちゃんという自分が腹を痛めてまで産んだ実の娘をないがしろにしてまで居座っていいものなのだろうか。
そんなふうに考えると、ゆきちゃんにたいする罪悪感などもわき上がってしまう。
「…………嫌いよ」
即ではなく、答えまでにやや間が空いた。
「それはどうして?」
「自分の愚かさを思い出させる子、だから」
「……」
「中学進学時に家族が偽物だと知って、血のつながった本物の家族がいないと知って。絶望して、やけになって、散々荒れて。大事なものを見失った挙句、望まぬ妊娠をしてさらに絶望したよ。なのに。なのに!!」
「……」
「忘れたいあやまちなのに!
うわ、なんも言えねえ。
これはきれいごとだけで押し通せるわけもない。何を言ったって、俺は部外者だもの。
「自分でも変わらなきゃって思った! だから、ふと目にしたKYOKOの『自分の力だけで生きていくために、芸能界に入りました』って言葉にすごく感銘を受けて、わたしもこんなふうに生きたいって思って、がんばって勉強して、大学まで進学して!! だけど、あの子がいる限り、何も変わらない、変わらないんだよ! 変わらない、ん、だよぉぉ……ううぅぅ……」
感情のままに叫び、臥せってしまう愛莉ちゃんを哀れに思いつつも、俺の頭の中はわりと冷静だ。
愛莉ちゃんがKYOKOを尊敬してやまない理由は、そこがいちばんなわけね。ちょっと納得。
まあでも確かに、わりと優秀な大学にストレートで進学できたくらいだ、愛莉ちゃんも頑張って勉強したことは嘘じゃないんだろうな。変わろうとしてることも、嘘じゃないはず。
なのに変わらないものは唯一、過去のオイタを思い起こさせる家族構成ってか……
……え、変わらないものって待ってちがう。まさか愛莉ちゃん、まだ俺のことが好きだとか言わないよね? 後生大事に俺への恋心を抱いてるとか言わんよね? それはそれで怖いんですけど。
果たしてそのことを問いただすべきか少し悩んでいるうちに。
俺たちがいる静かな北門周辺があわただしくなってきた。人間がバタバタしてる様子がうかがえる。
なんだろうと勘繰っていると、すかさず俺のスマホに着信。アンジェからだ。
当然、すぐさま出る。
「もしもし。なんだ突然」
『大変だよ! 凶器を持った人間が人質をとって、たてこもり事件を起こしちゃったみたいで大騒ぎ! お兄ちゃんどこにいるの!?』
「なんやと……立てこもり?」
『うん、犯人はKYOKOの身柄を要求してるんだ。男子学生くらいの年齢みたいだけど』
「はぁ!? つーことは、KYOKOが人質に取られてるわけじゃないんだな?」
ひょっとして例の犯行予告の流れかこれ。
つーか、KYOKOに対する警備の目が厳しいから、無関係な人間を人質に取るとかいう出方を狙ったんかいな。阿呆や。
これで犯人が本当に奥津だったら、マジでラリってるとしか思えないくらい救いようがないレベルだな。
『うん。犯人はようじょを人質にして、KYOKOの楽屋に立てこもったみたい』
「なにぃ!? ようじょが人質になってるだと!?」
思わず叫んでしまった。
不穏な言葉ばかりが会話に出てきたせいで、オカンがわきから割り込んでくる。
「雄太、何か事件があったの?」
「ああ、なんか凶器を持ったどこかのバカが、ようじょを人質に取ってKYOKOの楽屋で立てこもり事件を起こしたみたい」
ま、ようじょを人質に取るとはまさに外道な立てこもり犯だが、冷静に考えたら知り合いのようじょであるゆきちゃんは俺のアパートで寝ているはずなので、人質になることはあり得ないな。
となると、ようじょ……見た目は、ようじょ……
「……まさかね」
その『まさか』という言葉をなにか勘違いしたのだろうか。
愛莉ちゃんは、これ以上なく慌てた様子で、KYOKOの楽屋がある中庭方面へと駆け出していった。
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