あっちにもこっちにも、ネトラレアちゃん!

『では、最後の質問です。ズバリ、今まで付き合った人数は何人ですか?』


 おっと、暮林さんに気を取られてKYOKOの肝心な発言を聞いてなかったぜ。

 まだイベント真っ最中だってことを忘れちゃいかん。


「ゼロです」


『うそでしょ!?』


「ゼロです(威圧)」


『こ、これは!! 聞いたかみんな!! 確かに今までスキャンダルとは無縁の我らがKYOKO、期待を裏切らない満点回答だーーーー!!』


 そのとき、『うおおおお!!』という地響きにも似たその日一番の大歓声が沸き起こって、俺は一瞬ひるんだ。


「すげえなKYOKOのカリスマ性……」


 なんでこう処女が大好きなんだ世の中のやつらは。

 そんな皮肉も込めた俺のつぶやきは、運悪く暮林さんに拾われた。


「……や、やっぱり、雄太くんも、初めてのほうが……?」


 あらあ、さっきまで赤かった顔がちょっと青くなってる。信号機か。

 暮林さんがもしも今後いろんな男と突き合うならば、そこを気にするのも何か違うと思うのだが、前の男と比べられるのは自分に自信がない男としては避けたいことではある。


「……ま、初物であれば、確かに感動もひとしおかもしれんけどさ」


「わ、わたし今すぐ手術して再生してくる!!」


「ちょっと待て何を再生するつもりだ早まんな」


 どーせすぐ破られるものを再生する意味はどこに。というか手術で再生できんのか、膜って。

 阿呆な発想に至った暮林さんを引き留めつつ、そういやさっきからおとなしいなと思い、反対側にいるアンジェの様子を探る。


「……」


 こっちはこっちで心ここにあらず。

 なんか知らんがKYOKOにくぎ付けの様子だ。


「アンジェ?」


「ひゃい!?」


「そこまで、KYOKOに見惚れるほどか?」


「あ……」


 自分の世界に入ってたようだな。

 アンジェはわりとこういう気がある。友達少ないからかね、兄は心配。


「ま、アイドルとか、憧れるのはわからんでもないな。アンジェも普通の女子だったか」


「……憧れ、うん……お兄ちゃんはさ」


「俺?」


「アンジェが、あんなふうにみんなに騒がれるスターになったりしたら、嬉しい?」


 ……それは俺に確認取らなければならないことなのだろうか。


「まあ、アンジェがそうなりたければ、の話だけど。もしアンジェがそうなったらば、俺は一生まわりに自慢しちまうかもしれねえ」


「!!」


「こんなにかわいいアイドルが俺の妹なんだぜ、うらやましいだろー! ってな」


「あ、アンジェいますぐレッスン受けてくる!!」


「ちょっと待てまだデビューも決まってないのに何を先走りしてんだ早まんな」


 今すぐどこかへ駆け出しそうだったアンジェのスカートをひっぱって制止する俺。

 なんなのこの人たち、と思わずため息をつきそうになったその時。


「……ん?」


 スマホにメッセージ着信。

 オカンからのものだ。


『今、北門付近にいるわ。悪いけど、ちょっと来てくれない?』


 思わぬ呼び出し。おそらく、オカンはまだ愛莉ちゃんと一緒にいるのだろう。

 大学の北門近辺は春祭のメイン会場である中庭からは離れていて、駅からも一番遠く、まわりに何もないところだ。確かに今日みたいなにぎやかな日でも静かな場所だろうが……


 オカンは、愛莉ちゃんを落ち着かせることに成功したんだろうか。

 個人的に愛莉ちゃんの様子も気になった俺は、何やら訳の分からない盛り上がりを見せているKYOKOオンステージの会場から少し離れることを暮林さんとアンジェ二人に告げて、北門へと向かうことにした。


 ……ま、会場内にこれだけ警備がいるなら、なにか事件の起きる可能性も低いだろう。



 ―・―・―・―・―・―・―



 てなわけで北門まで来たはいいが、肝心のオカンと愛莉ちゃんがどこにいるのかわからない。

 あたりをきょろきょろすること三分、ようやく北門わきにある駐輪場の陰に、崩れたブロック塀をベンチ代わりにしてオカンと愛莉ちゃんが並んで座ってるところを発見した。


「……北門のどのあたりにいるのか詳しく伝えてきてほしかったわ」


 様子を探るような俺の愚痴に、二人とも無反応である。

 愛莉ちゃんは俺の声を耳にしてうつむいた状態から少しだけ顔を上げたが、俺と視線が合うとまた気まずそうに下を向いてしまった。

 さっきの殺気あふれるスケバンモードから一転、いまじゃ借りてきた猫状態。


 ここで俺は、少しだけ考える。


 俺と仲が良かった小学生時代の愛莉ちゃんは、明るくて、人懐っこくて、そしてノリもよくて。いつも笑顔を絶やさなかった記憶しかない。


 ただそれは、俺が先ほどのような愛莉ちゃんをはっきり知らなかっただけで。

 小学生時代の愛莉ちゃんもスケバンモードの愛莉ちゃんも、そして今の猫状態の愛莉ちゃんも、どれもすべて愛莉ちゃんそのものなんだろう。


 まあ、久美さんから経緯を軽く聞いていたとはいえど。

 知らないことが多すぎて、愛莉ちゃん本人がどう思って今まで過ごしてきたのか、はっきり聞いてみないと俺には分からない。


 と、そう感じた。


「……あのさ。言いたくないことは言わなくてもいいから、話、聞かせてくんない?」


 愛莉ちゃんの前に立って、俺はそう提案してみた。

 オカンは止めない。なら、俺の行動は、おそらくこれで間違ってないんだな。


 さ、ある程度ヘヴィーな内容でも耐えられるよう、覚悟決めっか。

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