以心伝心というか違心変心というか

 大歓声の中始まったKYOKOのステージは、期待以上のものだった。


 いや、なにが期待以上って、わりと歌がうまかったのよ。

 実は最初から歌手デビューをもくろんでいたんじゃないかってくらいに。確かに剣崎さんって何でもこなしそうなラスボス感あるけどね。


 ちなみに、オリジナル楽曲はステージに間に合わなかったのか、二曲分しかなかった。そして曲の合間に入るMC……というかインタビューというか、そっちの時間のほうが長い。

 まあ、それも当然か。KYOKOがこんなステージで質問に答える機会なんてそうそうないだろうし、ここに集まってるオーディエンスも『生のKYOKO』を感じたいのだろうから。


 たぶんあの性的嗜好からして、KYOKOは間違いなく処女。はたして最初に生のKYOKOを実感できる幸運な男は誰だろうな。

 暮林さんにうり二つの男とかがいれば最右翼かもしれんが、そこまで行く前にKYOKOが一生終えたりして。はは。


『じゃあ、次の質問です。KYOKOさんの、好みのタイプは?』


 くだらないことを考えてるうちに、司会らしき人間がそうKYOKOに尋ねて、会場から歓声らしきものが上がった。

 俺はそこで、思わず隣にいる暮林さんのほうを見てしまう。


「……ん? どうかした?」


 するとちょうど同じタイミングでこっちを見た暮林さんと、目がバッチリと合ってしまった。焦るわ。


「い、いや、べつに」


「……雄太くんも、気に、なるの?」


「は?」


「飛鳥姉が、どういうタイプが好きなのか、気になるのかな、って……」


 おろ、なんか誤解されてる。ま、さすがに仲直り優先しただろうから、さっきの話し合いで『剣崎さんがビアン的性癖の持ち主で、暮林さんがどストライクです』、なんてことまでは伝えてなかったか。


 俺は単に、『あのKYOKOが何のためにこの大学のステージまで来たのか』という理由からして、絶対好みのタイプは暮林さんだろ、とか思ってチラ見しただけだけど、まーたなにか勘違いしてやがるな。


 うーむ。

 暮林さん、なんか思い込みが激しいところあるし、何も訂正しないでおくと斜め上の方向へと思考を飛躍させてしまいそう。


 しゃーない、言い訳すっか。


「そのあたりは全く気にならない。というかそんな答えなんてわかりきってる」


「えっ……! ま、まさか雄太くん、そこまで飛鳥姉のこと、詳しいの……?」


 あ、失敗した。


 KYOKOの好みのタイプなんて、そりゃ暮林美衣、あんたやがな!


 ……って言えたらいいんだけどねえ。それが性的嗜好な意味で、という場合にはさすがに俺が言うのは憚られるだろうし。


 てなわけで、遠回しに匂わせようか。


「……ちなみに暮林さんは、性的な意味で、同性ドーセイってありな人?」


「えっ!? ど、どうしてそんなこと、いきなり聞いてくるの!?」


「いや、ちょっと気になって。同性ドーセイが大丈夫な人なら、ひょっとするとこれからの未来はバラ色かもしれないからさ」


「え……え……ええ!? ま、まさか、まさかそういう意味……?」


 お、察したかな。そうだよ、KYOKOの好みは同性の暮林さんなんだよ!

 というわけで無事察したようだし、剣崎さんにさらなる恩を売っておくか。


「そうだね、なんてったってこれ以上ない美人と、四六時中一緒にいられるわけだし」


「び、美人!? ちょ、ちょっとまってむり、いやムリじゃないけど、そうなるのにはハードルめっちゃ高いと思っていたのに、えっと」


「いやそれは暮林さん次第だと思うよ」


「あ、ああ!! そ、そうなの、そうなんだ……」


「?? ま、そうなったらなったで、多分幸せな日々が続くんじゃないかな。夜なんか、寝かせてもらえなかったりしてね」


「は、はい!? え、え、あ、あの、え、まって、え、そ、そんな、そんなに……するつもりなの……?」


「うーん、たぶんそうなるんじゃない? 今まで押さえつけてたものから解放されるわけだから、多分歯止めは効かないかなあって」


「あ、ああ!! え、ちょっとまって、え、ほんとにほんと!?」


「……という推測」


 おおっと、なんか知らないが暮林さんが顔を赤らめてる。真っ赤だ。下を向いて縮こまる姿はちょっとだけそそるものがあるわ。

 ひょっとして、剣崎さんは暮林さんのこういう姿が好みなのかなあ、なんてらしくもなく思う。


「……あ、あの、もちろん、わたしは、もし、そういうことになったら、全力で、応えてあげたいと、思ってるよ……でも、できれば、優しく……」


「まあそれはそうなったときに言えばいいんじゃないかな」


「そ、そうだよね……じゃあ、雄太くんは、そう、なることを、望んでいるって、思って、いいんだよね?」


「? もちろん」


 剣崎さんと暮林さんが百合百合しいきずなで深くつながることに不満も不平も不倫もないぞ。幸せになってくれ、俺がかかわらないところで。


「わ、わかった……ちょっと、ママと相談、してみる……」


「だな。すぐ結論は出せないだろうから」


「……」


 そこでなぜか、暮林さんは俺の服のすそを摘まんできた。ちょこんと、照れくさそうに。


 ……


 なにもおかしい会話なんてなかったよな? なんで? 暮林さんなんで?

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