ステージは別腹

 ナポリたん先輩と別れてすぐさま、アンジェがツッコんできた。


「お兄ちゃんって、本当にようじょに大人気だよね」


「何の脈絡もなく、なぜとんでもないことを言い出すんだ」


 さっきまでまわりに美女だらけとか言ってた口で今度はこれかよ。


「だって、あの先輩……先輩? ほんとうにあの身長で、あの体つきでお兄ちゃんの先輩なの? アンジェより年下じゃなくて? ぱっと見ランドセルしょってなくても小学生にしか見えないけど」


「それ先輩に聞かれたらボコボコにされるから気をつけろ。見かけによらず、あの人とんでもない暴力装置だからな。タイマン張ったら、本気出しても俺が勝てる気がしない」


「えっ……そうなの? 見た目が可愛すぎるから、本気で殴れないとかじゃなくて?」


「そんな事情で俺がいた高校の頂点に立てると思うか? 悪いがアンジェが十人ほど束になってかかっていってもかなわないぞ」


「……見かけで判断しちゃダメ、っとことなのかー……信じられないけど」


 俺は丁寧にアンジェに説明する。そのわきで「ほえー」と口を開けながら会話を聞いていた暮林さんであったが、アンジェとの会話が終わったあとにすかさず質問をしてきた。


「で、で、でも、ただの先輩後輩とは思えないくらい仲良かったよね。ひょっとしたら、雄太くん……高校時代、恋人同士だった時期があったとか……とか……」


 何か焦ってるような尋ね方である。

 いやちょっとそれは違うぞ。悪い人ではないし、確かにその毛があれば、いやそのケがあればすごく魅力的なヒロインとして映る可能性が微粒子どころか風邪薬顆粒レベルで存在するとしても、つるぺたロリーンはさすがに俺の範疇外。


「想像でへんなこと言わないでくれないか。俺はそういう対象ならば、たとえ合法だろうとつるぺたロリーンよりもボンキュッボンのほうがいいわ」


 堂々と言い切る俺の言葉を受け、なぜかアンジェと暮林さんが、自分の胸に手をやる。


「……うん、中学生にしては、大きいほうだと思う。たぶん、これなら大丈夫」


「は、はわわ……そんなに大きくなくてもいいとか思っていた自分を殴りたい……」


「……でも、つるぺたがだめなら、ボーボーのほうがいいのかな……? お手入れどーしよ」


「機会なかったから最近さぼってた……このままじゃ、ダメな気がする」


「何言ってんですかアンタら」


 追加で『誰も君たちを指して言ってるわけじゃないから勘違いすんなよ』、と言いたいところだけど、なんかめんどくさい事態を招いたらいやだからそれ以降は黙った。自分のツッコミ体質がうらめしい。


 ま、ナポリたん先輩、確かに一部の性的嗜好を持つやからには陰で大人気だったんだが、過去に大失恋してそれ以来浮いた噂すらなかった、と誰かから聞いたような気がする。

 誰から聞いたかは忘れた。というか思い出したくもないという感じだ。


 ……っと、それよりも。

 中庭ステージに向かわないとあとで剣崎さんにどやされそうだから、ちょっと早足で歩いていかねば。



 ―・―・―・―・―・―・―



 そうして、中庭ステージに到着すると、まず人の多さにびっくりもんぐり。

 ま、今をときめくKYOKOの歌手デビューお披露目ステージだ。なんか知らんがマスコミらしき人間の姿もちらほら。


 ……おおう、なんかいかにもセキュリティという感じのガタイのいい人間もあちこちにいるぞ。さすがに対策したのか、犯行予告を受けて。

 これだけ護衛担当がいれば、奥津らしき犯行予告を出した人間も下手なことは出来ないだろう。


 きっと。


 ……何かのフラグっぽく思えるのは気のせいだ。


「す、すごい人だね……信じられない、さっきまで……」


 思わずそう漏らしてしまった暮林さんは、あたりをきょろきょろと見ながら、幼なじみの『剣崎飛鳥』ではなく『KYOKO』という別世界の存在を改めて認識しているかのよう。

 ま、それも当然か。確かに暮林さんも、そしてアンジェもルックス的にはKYOKOに負けず劣らずのポテンシャルを秘めているとはいえ、虜にしている人間の総数は比較にならないわけで。


 こんな会場でさえそう思うのだ、もっと大きなハコでやったらさらに別世界の住人として感じられるに決まっている。


 その思いは、アンジェも一緒だったようで。


「これが……ゲイノージン……か」


 バカみたいに口を開きながら、あたりの熱量らしきものに気圧されてボーゼンとしている。だからゲイノージンじゃなくてユリノージンだと何度言えば。


「んん? なんだ、アンジェも芸能界を目指したくなったか?」


「そ、そうじゃないけど……だれからも、うらやましがられる存在って、こういうのなのかな、って」


 おもわずチャチャを入れちまったが、アンジェの答えがよくわからんばい。

 でもアンジェの場合、KYOKO本人からスカウトされてるわけだし、望めばあちら側にも行けるだろう、とか思っちゃうのは兄の欲目かね。


 徒然なるままにそんなことを考えていたら、やがて周囲から大歓声が上がった。

 反射的に現れたステージ上のKYOKOに視線をやる。


「きょうは来てくれて、ありがとー!! 楽しんでもらえたら、嬉しいな!!」


 少しばかりのあいさつで、すっかり会場のボルテージはMAXだ。若者のカリスマ、伊達じゃねえ。


 俺は俺で、まだ春なのに夏を思わせるようなカットソーとショートパンツの組み合わせ、というステージ上のKYOKOが見せるラフな軽装にちょっと驚く。

 あれたぶん、派手な衣装着てる暇がなかっただけだな。なるほど、ギリギリまで暮林さんと話できるわけだ。それにしても脚長いなあこんちくしょう。


 ま、歌い手としては剣崎さんのヴァージンステージだ。奥津とか奥津とか奥津とかが台無しにすることなく終わればいいな。


 初めてだけに、多少の出血サービスは許す。


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