ボロネーゼですか? いいえ、ナポリたんです

「ちなみに、犯行予告ってどんなんだか、剣崎さんから聞いてる?」


「そこまでは……どうやらウチの大学に飛鳥姉が出てくるのが気に入らないみたいで、春祭に出るなら実力行使をするって示唆があった、としか」


「実力行使ってどんな内容なんだろうな……」


「そうだね……」


 いくら警備を厳重にしたとはいえ、やはり犯行予告というものは不安材料に他ならない。

 しかも相手があの奥津。追い込まれたヤリチンは何するかわからんからな。


「暮林さん、もうひとつ聞いていい? 美沙さんは今何してる?」


「あ……お母さんは、いまたぶん雄太くんの叔父さんと打ち合わせしていると思うけど」


「あら……」


 そういやジョーンズさんからも報告後から連絡はなかった。おそらくは仕事のことでたてこんでいるのだろう。


 しかし困ったな。

 一番頼りになりそうな美沙ママがよりによって不在な時にこういう厄介ごとの可能性が高いっていうのは。

 あとは冴羽さんとか……には連絡つかねえし。大丈夫かね……


 ……なんて思ってたら、その時スマホにメールが届いた。なんだろうと思って見ると、剣崎さんからである。


『ステージは絶対見に来なさいよ。それと、ありがとう』


 要点しかない短文メール。

 しかし、よく考えたらもう十五分くらいでステージ始まるじゃねえか。リハなし一発勝負だっつーのに、こんなメール送ってよこす暇あんのか?


 ……いや、まあ、剣崎さんからしてみれば、ステージはおまけなのかもしれん。今日の目的は達せられたに等しいのだろう。

 それなのに、わざわざステージを見に来いなんて、俺に対して念を押してくる剣崎さんがなんとなくかわいく思えた。ま、気のせいかもしれんけど。


 しゃーないな。俺が行っても何の意味もないだろうけど、せっかくのお誘いだ。



 ―・―・―・―・―・―・―



 とりあえず、久美さんは付き添いということで、寝ているゆきちゃんと一緒に俺のアパートにいる。ゆきちゃんが目覚めるまではそばにいたいらしい。


 ま、放っておくのも気が引けるが、むしろ久美さん的にはいろいろ詮索されないので俺たちがいないほうがいいのかもしれないとは思う。

 それに全く知らない素性の人間でもないし、別に盗まれて困るようなものなど俺のアパートにはないしな。わが城にはいまだにトースターすらないので。

 鍵さえなんとかしておいてくれればいいと伝えておいた。


 いちおうゆきちゃんが目覚めたら教えてもらえるよう連絡先の交換もしたので、こちらは少し様子見。オカンからも報告はいまだなし。


 今日はまだまだいろいろなイベントがてんこ盛り予定だ。時間を有効に活用せねばなるまいよ。


 というわけで、暮林さんとアンジェ、二人を連れて春祭が開催されている大学へと再度やってきた。暮林さんはもちろんなのだが、実はアンジェもわりと剣崎さんこと【KYOKO】のステージが気になっていたようだ。意外。


「いろいろ言っておきながら、結局アンジェもKYOKOのこと嫌いじゃないんだな」


「べ、別にそういうわけじゃないんだけど……」


「じゃあどういうわけよ?」


 俺がちょいちゃかすように尋ねてみると、少しだけ間をおいて、真剣な顔でアンジェが返してきた。


「あれだけ、きれいな人が……実際に、どうやってみんなをトリコにするのか、見てみたかっただけ」


「は?」


 真面目に答えてくれたのだろうが、いまいち要点がつかめない。

 剣崎さんのふるまいをアンジェが目の当たりにすることで、なんの役に立つのだろう。まあ、もしもアンジェがアイドルデビューとかした場合には参考にはなるかもしれないが……さすがにないわな、そんな未来。


 まあいい、時間もないしとっととステージに向かうか……


「……お兄ちゃん、なんか、あれ……揉め事?」


「ん?」


 俺がぼーっとくだらない考え事をしながら正門をくぐったのち、アンジェが、10メートルほど前方で何やら言い合いをしている男二人と女二人を発見した。

 どうやら体格のいい男二人のほうが女二人……いや、女ひとりと小学生女子ひとりの二人連れにいちゃもんつけてるように見える。あ、男のひとりが女の手首をつかんだ。


「あっ! ね、ねえ、ちょっと様子がやばそうだよ! どうする雄太くん!?」


「……そのようだな。つーか小学生の連れがいる相手に何やってんだ、あれ」


 ムリヤリであれば、手首をつかんでも乳首をつまんでも、どっちも痴漢行為には違いない。さすがに見て見ぬ振りもできないので、駆け足で近寄ってみる。


「何かあったら危ないから、アンジェと暮林さんはとりあえずここで待って……」


 俺のあとを追ってきた二人を危うきに近寄らせないように、後ろを振り返ってそう制止した直後。


「なにするんだ、このクズ男がぁぁぁぁ!!」


 なにやらアニメロリチックな叫び声があたりにこだました。

 なんか、高校時代に似たような声をよく聞いた記憶があるんですけど。まさかね……


 と思って叫び声が聞こえたほうを見てみると、そこには飛び膝蹴りを男にかます小学生(仮)女子の姿が。


「ぐはっ!!」


「ぐえっ!!」


 おお、そして着地すると同時にもう一人の男への正拳突きが決まった。

 やべえ、サイドテールの髪型をした凶暴な詐欺ロリ少女がこの世に何人もいるとは思えん。間違いない、あれは。


「ナポリたん先輩っすか!?」


「……ん?」


 正拳突きを食らって跪いた男の胸ぐらをつかみながら追加攻撃をしようとしていたその見た目ロリーンな身長140センチくらいの女子が、俺の呼びかけに反応しこっちを向いてきた。


「お兄ちゃん……知り合い?」


「雄太くん……知ってる人?」


「ああ、同じ高校で、元・風紀委員長のひとつ上の先輩だ。高校時代はさんざんわ。まさかこんなところで再会するとは……」


 疑問に即答。たぶん、アンジェも暮林さんも面識はないはず。

 小島さんは会ったらビビッて逃げ出すかもしれないけど。なんせ高校時代に原則立ち入り禁止の屋上にたむろしていたもんだから、ふたりしてこの人にしょっちゅう怒られてたよなあ。


 で、この見た目小学生女子は、俺の出身高校で【最終兵器ロリ】もしくは【ジェームズ主水もんど】と呼ばれおそれられてた小松川奈保里こまつがわなぽり先輩。通称、ナポリたん先輩だ。

 ちなみにこんなナリだが物理的にも強いらしく、なんか一子相伝の格闘術だか暗殺拳だかをマスターしてるとか聞いたことがある。


「……おまえ、上村! 上村か!? なんでここにいる?」


「そりゃこっちのセリフっすよ。俺はこの春からここの大学生ですんで」


「……なんだと? まさか、後輩なのかおまえ」


「へ? まさか、先輩もここに進学してたってオチ?」


 衝撃の事実判明。

 こんな目立つ先輩と今まで会わなかったとは、これだからマンモス大学は嫌いだよ。



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