お休みよいこよ
まずは念のため、ベッドに怪しい液体のシミが残ってないかチェックした。
なんせ剣崎さんがいたわけだからな。暮林さんに衣服の乱れはなかったので、そこまでは至らなかったと判断して、ゆきちゃんにベッドを貸すこととする。
俺の体臭が残っているかもしれないが、特に嫌がってなかったので大丈夫。
案の定、ゆきちゃんは泣き疲れたせいでベッドに横たわってからすぐに寝てしまった。
だが。
「……おにいたん、いっしょにねよ?」
とか言われてしまうと、さすがに断れんかった。まさか人生初の、血のつながりがない女性とのベッドイン相手がゆきちゃんになるとは、この海のリハクの目をもってしても……
……おっと、俺も寝落ちかけたわ。いかんいかん、まだ寝るような時間じゃない。
俺が睡魔に負けじと上半身を起こして、ゆきちゃんが起きないようにそーっとベッドから出ようとすると、アンジェが錯乱しつつ声をかけてきた。
「……お兄ちゃん、きょうは一緒に寝よ?」
「断る。暑苦しい」
「むーーーー!!」
「静かにしろ。ゆきちゃんが起きちまうぞ」
俺にあやされながら眠りにつくゆきちゃんを見て、俺にあやされて同じように眠りについた幼き日の自分を思い出したのかもしれないが、時と場所を考えて言え。
「……仲の良い、兄妹で、うらやましいですね……やはり、血のつながりがあると、安心感も違うのでしょうか」
久美さんは久美さんでなにやら思い詰めているようだ。
いやいや、血のつながりがあっても安心感のかけらもない親子が身近にいるじゃん。久美さんが、血のつながらない愛莉ちゃんの育て方に関して、なんとなく後悔していることはわかるけれども。
詳しく話を聞きたいところではあるが、ここで問題が一つ。
「あ、あの、その女の子、親戚の子、なのかな……? わ、わたし、そろそろお邪魔したほうが……いい?」
そう、暮林美衣という、木村愛莉さんとオナチューでなおかつ同じ学部の人間がここにいるということだ。ヘタなことをしゃべったら俺は真面目に宮刑に処される可能性が出てきた、
剣崎さんとの話は終わったわけだし、暮林さんがここにいる必要性はない。なのに、それでも暮林さんはこの部屋から出ずにいた。なんでだ?
……うむ、確かにもう用がなければ出て行ってもらった方がいいのかもしれん。が、あらぬ誤解をされまくるのも勘弁。
というわけで。
「久美さん、こちらの女性は暮林美衣さんと言って、同じ大学同じ学部の同級生です。先ほども説明しましたが、別に同棲しているとかではなく、ただ単に彼女にとって大事な人とだいじな話をするためにこの部屋を貸していただけですので、そのあたりご理解ください」
まずは久美さんに簡潔な説明。
「そして暮林さん。この方は久美さんと言って、俺の知り合いの母親。こっちの子はゆきちゃんという天使で、久美さんのお孫さん。祖母と孫そろって春祭に遊びに来てたんだけど、ちょっとゆきちゃんが疲れちゃったみたいだから、俺のアパートで休ませるためにここに連れてきた。以上」
返す刀で暮林さんにも隙のない説明をする。誤用ではない、これは俺からの先制口撃なのだから。
久美さんの名字を伏せたのは一応の配慮だ。それまで明かしちゃうと、いろいろと芋づる式にバレる恐れがあるからな。
それでも暮林さんは、なにか
「そ、そうなんだ……雄太くんの知り合いの娘さん、ってことだね。でも、なんだかすごく雄太くんになついているよね、その子……」
「まあ、いろいろあって」
「……って、ま、まさか……その子の父親が、雄太くんとか……」
「ねえわ!! それだけはありえねえわ!!」
俺は精子バンクに精子を提供した記憶もないし、寝ている間に無理やり犯されたこともたぶんない。
「え、でも、雄太くんに記憶がなくても、酔った勢いでいつの間にかとか、雄太くんの中に眠っているもうひとりの人格が知らないうちにいつの間にか、みたいな可能性も……」
「どこぞの薄い本みたいな都合のいいシチュを勝手に妄想すんな! 暮林さん、ヘンに仲良くなったからって、小島さんの影響受けてんじゃねえのか!? 俺はこの年まで酒も煙草も女もやったことないわ!!」
タマシイの叫びがつい口から出てしまった。
しかし、それを聞いた暮林さんは呆然としている。
「えっ……ま、まさかとは思うけど、雄太くん……経験ないの?」
「ぐはっ!!」
しもたーーーー!!
余計なことまで口走っちまったわ! 男としての股間にかかわるカミングアウト。
否定したいけど嘘はつけねえし、見栄張るのも今さらである。
しかし処女は尊ばれても、童貞が尊ばれないどころか情けない男の扱いを受けるのは差別だろ。
DTでもいいじゃねえか、相手に望まぬ妊娠をさせて『人生の墓場にダイブするかのごとく、責任を取って結婚ムーブ』かます心配もねえし、性病感染の可能性を増やした挙句、保健所で血液検査を受けつつ結果が出るまで待合室でビクビクしながら待機する経験もしなくていいというのに。銀河鉄道の夜に謝れやこんちくしょう……
……ん? くればやし さん の ようすが……
「そ、そっかぁ、そうなんだぁ……じゃ、じゃあ、わたしが、雄太くんのはじめての人になれるんだね……うれしいな……すごく、うれしい」
「むーーーー!! 誰が、それを許すと思ってるのよぉぉ!! お兄ちゃんが許してもアンジェが許さないから!!」
ナイスツッコミだアンジェ。
つーか俺にだって選ぶ権利あんだぞ。暮林さんはなんで確定でしゃべってるんだよ、自分は初めてを俺にくれなかったくせに。
あと、久美さんの憐れみを含む目が地味に痛い。頼むからゆきちゃん、今起きないでくれ。
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