裏にナニがあるのやら

「な、何をする気ですか……」


「無関係なやつは引っ込んでな。しつけってのは大事だろ? 家に引っ込んでおとなしくしてろ、って言われたことすら守らないクソガキをちゃんとしつけるのは大人の義務だよなあ?」


 おびえつつもささやかに抵抗するアンジェだが、木村さんはノンストップガール。どこかのプリンセスのように物理的解決をするところではないと思うのだが。

 なんだこの意味不明な生き物。母親と呼ぶのもおこがましいぞ。これがさっきまで猫なで声で俺と会話してた女子と同一人物なのか?


 正直に言う。木村さんの態度に対して俺もドン引き。だがそれに関して、逃げちゃいけない問題が隠れている気がしたので、俺は思わず尋ねてしまう。


「……久美さん」


「は、はい」


「まさかとは思いますけど……ゆきちゃん、虐待受けてないですか?」


「……」


 久美さんはノーリアクションであったが、それってはっきり言ってるのと大して変わらないような気がするよ。


 予想外というか予想通りというか、マジですか、そこまでクズ親だったの木村さん。BSSRボクサキスキレアNTRネトラレアが可愛く思えるほどのクソレアリティじゃねえか、幼児虐待レアとか育児放棄レアはよぉ!

 というかこの世に存在しちゃいけないレアリティだ。


 これまで木村さんに感じていた何かの気持ちは、俺の中で完全に変化。むろん悪い方向へ。


 ──なんなんだよ、いったい。


 割り切れない気持ちはいっぱい。そして、部外者でもある俺が果たして他人の家庭の事情まで安易に踏み込んでいいのか、という気持ちはすこしある。

 だが、ゆきちゃんやアンジェを、さすがにいつまでもあのような激情の矛先にさせておくわけにはいかない。


「……こんなところで何やってんの」


 俺がやる気なさそうにそう割り込むと、真っ先に反応したのは木村さんだった。


「! ゆ、ゆうたくん!?」


「やあやあ木村さん、さっきぶりというか殺気振りというか。青筋立てて近寄りがたい殺気を振りまいてるから、最初誰かと思ったわ」


 股間に青筋立ててる男を相手にした挙句に自分で招いた結果を受け入れられず、ようじょやアンジェに青筋立ててるって言うなら、青筋違いにもほどがあるやろ。


「お兄ちゃん……」


「え!? ま、まさか!?」


 少し遅れて、ほっとしたようにアンジェが俺をそう呼ぶと、それを聞いた木村さんがびっくりして狼狽し始めた。

 俺にパツキンの妹がいる、ってことをここで思い出したか。小学生時代にも、俺はいじめられてたアンジェを頻繁にかばっていたわけで。


 だが木村さんも、俺の地元から遠く離れたここでてめえの娘をかばっているキンパツチューボーが俺の妹だとは、さすがに思わなかっただろう。


「おにいたーーーーん!! おにいたん! おにいたん!! ひぐっ、ふええぇぇぇぇ!!」


 木村さんの勢いが消失したせいで、金縛りがとけたか。ゆきちゃんが、すぐさま俺のほうへ駆けてきた。

 恐怖とか、安堵とか、いろんな感情が混じった声を発しながら。


「……ったく信じられねえな。仮にも自分の血を分けた娘に、どうしてそんな態度をとれるんだ?」


 必死でしがみついて助けを求めてくるゆきちゃんの頭をなでながら、俺は小さい声でそう言う。気持ち的には怒鳴りたいとこだけど、ここで怒りに任せてしまったらゆきちゃんがさらにおびえること間違いなし。

 俺はゆきちゃんに対しては優しいおにいたんでいたいんだ。おさまれ、俺のリビドー……って、怒りとリビドーは違うか。これじゃ俺がペドフィリアに片足突っ込んだような男になってしまう。片足突っ込んだのは木村家の事情だけ。


「あ、ち、ちが、違うの、この、この子がね、いうこと、全然聞いてくれないから、あの、だから、あの、違うの」


 一方、すごく焦ったような表情のまま、苦しい言い訳をしようとする木村さんである。すごく不謹慎な言い方をするなら、浮気が見つかったときの言い訳のような言葉だ。

 しかし、なんでこう、まずいとこ見られてバレた人間って、『違うの』って言葉を発するんだろうな。その心理状態を知りたいわ。大学の講義で心理学を選択しなかったことが悔やまれる。


「……愛莉……」


「ババア!! てめえが連れてきたのか!! もとはといえば、ババア、てめえが、てめえがああああぁぁぁぁ!!」


 もう態度をとりつくろう気はないのか。久美さんがおずおずと前へ出ると、それに合わせて木村さんの怒りの矛先が久美さんへと向けられた。

 しっかし、いくら『血のつながらない娘』だからっつって、義理の母にババア呼ばわりはねえだろ。


「叫ぶなよ。ヘタに注目浴びんぞ、ほら」


「……!!」


 あくまで冷静なふりしつつけん制してみると、木村愛莉さんはハッとして、俺の横を逃げるように通り過ぎて行ってしまった。


 涙を浮かべた木村さんのくやしそうな、そして悲しそうな表情をすれ違った時に見てしまって、彼女を引き留めることができなかったわ。不覚。



 ―・―・―・―・―・―・―



「すみません……まさか、バイトを休んでまで愛莉がここにきているとは思わず」


「ひぐっ、うぐっ……うえぇぇ……」


 いや参った。

 そのあと人目につかないところへと場所を変えてゆきちゃんをなだめようとするも、まったく泣き止まねえし。

 久美さんは久美さんでいたたたたまれないような様子から変化する兆しすらねえし。

 どーすんのこれ。


 ……


 しゃーない。こうなっちゃもう春祭どころじゃねえから、どこかでゆきちゃん保護するしかねえよなあ。泣く子は寝かしつける、これこそ正義。




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