どこかでまさかと思ってたところがあるんだよな

 あの後サービスとして水風船ヨーヨーを二個もらった。

 もちろん一個はゆきちゃんに、もう一個はアンジェにあげた。ふたりとも喜んでくれたのでまあ結果としてオーライ。


 そうして今度は、アンジェを連れてゆきちゃんがあちこち回ることとなった。アンジェもなんだかんだ言って年下の子になつかれるのは新鮮な経験らしく、めんどくさいとかぶつぶつ言いながらもノリノリでゆきちゃんと春祭を堪能している。


 一方。

 若さ由来の無尽蔵な体力についていけなくなった久美さんは、会場内のベンチに座って一休みだ。


 話、しといたほうがいいかなあ。

 そう思って、俺は久美さんの隣に座ることにする。


「お疲れ様です。無理に誘ったようですみません」


 まずはそう告げる。


「あ、いいえ……優希が、あんなに楽しそうにしているのを見るのは、初めてといっていいかもしれません。こちらこそ、ありがとうございます」


 久美さんの返答は、なにやら含みがたくさんありそうなそれだった。

 おちつけ根掘り葉掘り聞きたい俺。まだだ、まだ慌てるような時間じゃない。


「それならよかった。まあ、ゆきちゃんが笑っていてくれるなら、何でもしてあげたくなりますね」


 当然ながらできることに限りはあるが、とは言わずにおく。

 久美さんは、そこでちょっとだけ寂しそうに笑った。


「ええ、残念ですが私にできることは限られているので……本当なら、今日ここに来ることはやめようと思っていたんですけど、一昨日にちょっと優希がふさぎ込むようなことがありまして」


「……へ? そうなんですか?」


「はい……私が、娘──優希の母親と言い合いになってしまいましてね。そこで娘が、あろうことか優希に当たってしまったんですよ」


「それは……」


「娘の気持ちはわからなくもないのです、過去のことを思えば。そして、あの時に私たちの娘への向き合い方がもう少し違っていたら、こうはならなかったんじゃないかという気持ちは、いつまでも消えるものではありません」


 つらそうな久美さんから、過去を後悔してる様が伝わってくる。

 まあ、どんなことをしたとしても、そんな思いは付きまとうものなんだろう。


 しかし、ゆきちゃんの母親の過去──ねえ。

 確か、久美さんの本当の子供じゃないと知ってグレタあげくに環境活動をはじめ──じゃなかった、誰が父親かわからないゆきちゃんを妊娠した、というあの流れか。


「だけど、そこで優希にみじめな思いをさせるのも、違うと思うのです」


「……そうですね」


「優希が、それ以来ふさぎ込んでしまって。見ていられなかったので、多少のリスクを覚悟のうえで、優希に『おにいたんに会いに行こうか』と話してみたら、ゆきが明るくなりましてね。本当に上村さんには感謝してもしきれません」


「いえ、俺もゆきちゃんに会えてうれしかったのでそんな必要はないんですが……多少のリスク、とは?」


「……優希の母親は、今年からこの大学に通っているのです。まさか上村さんと同じとは最初思わなかったんですけど……」


「……ええっ!?」


 なんという爆弾発言。

 それでか! 俺が以前春祭に誘った時に久美さんがあまりいい顔しなかったのは。

 なるほど、ゆきちゃんを明るくさせるために連れてきたこの春祭で偶然母親と顔を合わせてまたいやな思いをしないようにと、さっきからきょろきょろしてたんだろうな、久美さんは。


 …………


 まさかと思うけど、『キムラ』、ねえ。

 うーん、ちょっと聞くのが怖いなあ。そこに触れないでおこうっと。よくある名字ではあるしね。


「まあ、娘は週末はバイトしてますし、言い合いになった一昨日から家に帰っては来てません。もともとこういう催しに興味があるタイプの子でもないので、おそらく鉢合わせすることもないだろう、と思うのですが」


「そうですか」


 久美さんのやたらとげんなりした顔が痛いわ。

 春祭の中庭はやたらと人口密度が多い。こういう状況では、たとえゆきちゃんの母親がここにいたとしても鉢合わせする確率は低いだろうけどさ。

 久美さんとしては気が気じゃないわな。


 あと、どーでもいいけど、その娘がしているバイトって何なんだろう、とか勘繰ってしまったのは内緒。

 いやだってその子、中学時代からヤリまくってたわけでしょ? 今は更生して大学まで進学してるけど、いやな予感がひしひしとシコシコとズコバコとするわ。


 ま、いまは考えても仕方なし。


「久美さん、何か飲みませんか? 来てくださったお礼に、おごらせてください」


 俺は、ちょっとだけ久美さんもいたわりたくなった。ほんと、ビッチに振り回されるのは彼氏も両親も子供も一緒なんだよな。



 ―・―・―・―・―・―・―



 というわけで、久美さんからリクエストをいただいたコーラを買うために、俺は中庭のはずれにある自動販売機まで来ていた。

 オカンとアンジェはゆきちゃんについている、まあこっちはそのままでいいだろ。


 ガコン。


 ペプッシーコーラのビッグ缶を購入し、自販機からコーラ缶を取り出そうとしたら。


「あー! 雄太くんも春祭に来てたんだ! 偶然だね!」


 不意に後ろから声をかけられた。

 この半分甘えたような甘ったるいあざとい声は……まさか。


「木村……さん?」


「もー! 愛莉って呼んでっていったじゃない!」


「いや、それはともかく……なぜここに?」


 まさかの木村愛莉さん降臨の瞬間である。

 なんとなく考えたくなかった、それでも『まさか』と思っていた事項が俺の頭の中で一つにつながって、思わず冷や汗が出てしまった。


 ヤバイ、木村さんをあそこに近づけてはいけない。いやまだ確定してはないけど、そう思う。


「あー、最初は来る気なかったんだけどね。でもでも、今日のステージ、あの『KYOKO』が来るじゃない! 間近で見る機会なんてそうそうないし、バイトも休みにして来たんだー!」


「……」


 そうだった、木村さん、KYOKOの髪型真似る(推測)くらいのKYOKO信者じゃん!! この前見かけてやたらはしゃいでたし!!


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