新たなる扉を開こう

「周りの態度が解せぬ」


 俺一人のみ憮然とした態度で、学内に入り春祭の出店でにぎわう中庭に来た俺たちパーティ。


 ちなみに、ゆきちゃんが本命だと告げた後の真方くんは、それまで俺に向けていた憎しみのこもった視線を憐れみあふれるそれへと変化させ、どこかへ旅立っていった。

 なんでだ、何が悪い。ゆきちゃんがまだようじょだというのが気に入らないのか。断言してもいいが、ゆきちゃんはきっと十年後にはアンジェに匹敵する美少女になってるからな。


「そりゃあアンタ、いくらその場をしのぐためとはいえ、五歳にも満たない女の子を真剣な顔で『本命です』とか言っちゃったら、さすがのアタシも引くわ。雄太をそんなロリコンのペドフィリアのようじょマニアに育てたおぼえないし」


「うっせえわ。もとはと言えばオカンが腕を組んだりしてこなければ、ここまでめんどくさいことにならなかったつーの」


 親子げんか絶賛勃発中。

 まったく、異性をあれこれする対象としか考えてないのかね。本命だからって揉んだり舐めたりまんぐり返ししたりしなきゃいけないなんて法律はないのだよ。わかれそんくらい。

 一緒にいて癒される、てのは伴侶を決める重要な要素だろ?


 とは思ったが、今はまわりにオカンとアンジェと久美さん、そしてゆき姫の四人しかいないのでいちいち口に出すほどではない。


 ちなみに久美さんは『ま、まさかそっちのケが……?』と訝しがることすらしなかった。一番俺のことを理解してくれている人物かもしれない。久美さんの慧眼をたたえるべきか、家族のきずなのもろさを嘆くべきか悩むところだ。


 一方、実の妹のほうは。


「ようじょに、ようじょに負けた……なんで、なんで……解せない……」


 闇堕ち、いや病み堕ちしたかのように、ぶつぶつと念仏を唱えていた。たとえるなら、まるで全身全霊をかけて重課金したソシャゲがサービス終了して生きる意味を見失ったプレイヤーのようである。

 これ、ほっとくと今までで一番めんどくさいことになりそう。


「アンジェ」


「……なによ……ふんだ、お兄ちゃんはようじょのほうが好きなんでしょ……ようじょにモテるのは知ってたけど、いつのまにかストライクゾーンがようじょになってたなんて、うらぎりものぉぉぉ……昔はアンジェがどストライクだって言ってくれたのにいぃぃぃ……」


「話を聞け。というかアンジェがストライクなんて言った記憶がないのだが、勝手に俺の好みを捏造するのやめろ」


「……はっ! ま、まさかお兄ちゃんが昔優しくしてくれたのって、アンジェがようじょだったから……? 今は成長しちゃったからお兄ちゃんの態度が塩いの……?」


「いいかげんにしろ」


 クッソひねくれてるのがヤバイ。

 というか俺くらいアンジェに優しくしてる人間、この世の中にいないと思うんだがどうか。


 手が付けられなくなる前になんとかせねば。


「聞け、アンジェ」


「……なによ……?」


 話しかけてもうつむいたままの闇落ちクイーンである。なのでしかたなしに俺はアンジェの両肩をつかんで、顔をこっちに向けさせた。


「何をどう勘違いしてるかはともかく、アンジェは俺にとって一生大事な妹だ。それだけは忘れるな。いいか、兄妹の絆ってのは、死ぬまで永遠に続くものなんだぞ」


「…………ふぇっ?」


「だから、望む望まないにかかわらず、俺とアンジェは死ぬまで兄妹だ。決して消えることのないきずな、それだけは何物にも代えられない大切なものだ」


「……え、え?」


「なあ? わかってくれ、一番大事な妹よ」


 久しぶりだなここまで真面目にアンジェを説得するの。

 俺調べではたぶん、進学先の大学を決めて地元を離れる、と伝えるのが遅れたためにアンジェが本気で拗ねたとき以来じゃなかろうか。あの時は三日三晩必死でなだめたんだよなあ。


「……わ、わかったよお兄ちゃん。そうだよね、どこにいても何をしててもアンジェとお兄ちゃんは死ぬまで一生兄妹だもんね。一番大事な妹はアンジェだけだもんね」


「わかってくれたか! そうだ、兄妹の絆は永遠で尊いと『残念美少女と呼ばれる妹』でも言ってたからな」


「う、うん……」


 しかし、今日はいつもよりアンジェがちょろい。なんでだ?

 ま、いいや。潤んだ瞳あーんど頬が赤くなっているってことは、わかってくれたのだろう。

 無事解決。よかった、手間が省けて。


 そして、本命(仮)のゆきちゃんのほうは。


「おにいたーん! あれ、なーに?」


 屋台がたくさん並んでいる中庭に着いたとたん、大はしゃぎである。まあわからんでもないな、こういう縁日のような雰囲気を嫌いな子供なんていないだろうし。


「あー、あれはヨーヨー釣りだな」


「よーよーつり? へー! すごーい、はじめてみたー!」


 子供って大好きだよな、こういう水風船のヨーヨー。ま、色合いも目を引くし。

 ちなみにヨーヨー釣りとは、通称ヨーヨーと呼ばれる水入り風船を、浮かんでいるプールから針つきこよりで釣り上げるものである。こよりはちなみに紙製。濡れるとすぐ切れる。

 

「ゆきちゃんやったことないの?」


「ないよー!」


「じゃあ、やってみる?」


「いいのー!? やるやる!!」


 わりと近所の住民も春祭にやってくるため子供向けにこういうのもやってるのだろうが、まさかここでヨーヨー釣りを見ることになるとは思わなかった。

 

「はい、頑張って釣りあげてね」


「ありがとーおにいたん! よーし、がんばるぞー!」


 ヨーヨーをつり上げるためのこよりを渡すとゆきちゃんは楽しそうにチャレンジして、それを久美さんは横から見つめている。

 先ほどまで浮かない表情だった久美さんだが、今は少し穏やかだ。ゆきちゃんが本気で楽しんでいるところを見れてうれしいのだろう。


「うーん……むずかしいなあ……」


 しかし、ようじょが初体験でそうそういい思いができるわけもなかった。こういうといやらしく聞こえるが、ケンゼンな意味だから誤解なきよう。

 ゆきちゃんは三回チャレンジして、すべて失敗している。


「じゃあ、俺が取ってあげよう!」


 だいたいこのくらいチャレンジしたら水ヨーヨーを一個くらいサービスしてくれてもいいと思うのだが、釣り上げゼロってのも癪に障るので、俺もやってみることにした。


「……あっ!」


 しかしあえなく失敗。カコワルイ。


「お兄ちゃん……」


「言い訳はしない、面目ない」


 アンジェが少しあきれたような目つきになる。いやもうなにも言い返せませんわ。

 やはりええかっこしいに慣れてない俺みたいなザコ童貞は肝心なところで期待を裏切らないのだ。もちろん悪い意味で。


「おにいたん、しっぱいしたの?」


「ごめんなゆきちゃん、プレゼントしたかったのに」


「ううん、たのしかったからいいよ!」


「ええ子やなあゆきちゃんは。それに比べて俺はなんて雑魚なんだ……」


 ゆきちゃんの天使ぶりがつらい。


「おにいたん、ざこなの?」


「ああ、俺はダメダメの雑魚雑魚だ」


「だめだめのざこざこ? よくわからないけど、おにいたんはざこざこなんだね?」


「そうだ、好きなだけ雑魚と呼んでくれ」


 俺はしゃがんでゆきちゃんと目線の高さを合わせつつ、自虐的にそう発言する。


 だが、ゆきちゃんはなにを思ったか、そんな俺の頭に小さな手をのせてなでなでしながらこう言った。


「ありがとうおにいたん。ざぁこ、ざぁこ♪」


「ぐはっ!」


 ちょっと待て、いろいろと性癖がこじれそうなくらいヤバイ。マジで吐血しそうになったぞ。


「こらゆき。だいじなおにいたんに『ざぁこ』なんて言っちゃだめ、メスガキになっちゃうわよ」


「そうなの? はーい!」


「ばーばさんなんでメスガキなんて言葉知ってんすか……」


 そこで久美さんがきっちりとゆきちゃんをたしなめる。久美さんもしっかりしてるようだし、実際ゆきちゃんも素直でいい子なんだよなあ。


 ……なんで、会ったときに浮かない顔をしていたんだろ。というか、いまも時折まわりを気にしてキョロキョロと。


 誰か会いたくない人でもいるんかな。


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