I'm not scared
本日のKYOKOこと剣崎さん、ジーンズ姿である。サングラスとかしてると逆に目立つかもしんねえな、とか思ったのだが、いったいここまでどうやってきたのだろうか。
だがそれを尋ねるのも野暮ってもんだ。
…………
そういや、KYOKOってデビュー当時は髪の毛長かったよな。デビュー半年してからバッサリ短くしたけど、アレは仕事のために切ったのか、それとも何か心境の変化があったのか。わからん。機会があれば聞いてみよう。
「とりあえず、これ。アンタには世話になったから」
これも気遣いというのか、やたらと人口密度の高いアパートにあがってきた剣崎さんが最初にした行動は、なにやらお土産らしい包みを俺に差し出すことだった。
「なにこれ?」
「昨日まで撮影で沖縄行ってたの。おみやげの『ちんすこう』よ」
いかにも何も考えず空港で買ったってのがバレバレだな、などと思いつつも、曲がりなりにもゲイノージンが誠意を見せてくれたことに感謝せねばなるまい。
「ありがとう。別にそこまでしなくていいのに」
「ま、いちおうアンタに感謝はしてるしね」
そのぶん合コンに上乗せしてくれれば俺に不満はないのだがな。
ちんすこうを受け取った俺は、暮林さんのほうをちらっと見てから、剣崎さんに尋ねる。
「ま、サシで話をしたほうがいいよね? ふたりとも」
「そうしてもらえると、助かるわ」
質問に剣崎さんは即答し、暮林さんは少し遅れて無言でコクンとうなずく。
「おけ、じゃあ俺たちは避難しようか」
それを受け、いまだにKYOKO登場という現実を受け入れられないで戸惑ってる小島さんと俺の身内ふたりを連れ、部屋の鍵を置いて俺はアパートを出た。
KYOKOのステージ開始まであと二時間弱。それだけあれば何かしらふたりの間に結論は出せるだろう。
ま、謝罪合戦になろうが罵倒合戦になろうが百合の関ケ原合戦になろうが、俺の知ったこっちゃない。ただベッドと布団は汚さないでもらえると助かるが。
さて、と。これからどーすっかな。まあ、春祭へ向かうのが一番……
くいくい。
そこで小島さんが俺のシャツの裾を引っ張る。
「ん?」
「あ、の、雄太……KYOKOと、知り合いなの?」
あー、そこに疑問もっちゃったか。
ま、確かに小島さんは一連の剣崎パニックとは無関係だ。暮林さんと仲良くなったとはいえど、剣崎さんと暮林さんの関係について説明を受けていたとは思えん。
めんどくさいからごまかしとこ。
「いや、春祭で実行委員の手伝いをしてたんだけどさ、その関係で知り合っただけ」
「え、え、でも、アパートの位置を知ってるっていうのは、さすがに……」
「ああ……それに関しては、暮林さんが話したんだと思うよ。暮林さんとKYOKO、実は幼なじみだからね」
「え……?」
「KYOKOって俺たちと地元同じだからさ。ま、積もる話があったんでしょ、俺はふたりが誰にも知られないところで会えるように、場所を提供しただけだから」
「いや、それなら……」
「ま、そんなことどうでもいいじゃん。というか、小島さん、ひょっとして寝てない? 警察にいろいろ聞かれたんでしょ、昨日のこと」
「……え? 確かに寝てはいないけど、警察には行ってないよ……」
「……は?」
小島さんはいろいろ聞きたいことはまだあったのだろうが、強引にぶった切る。だが話題を転換した先で、また新たな疑問がわき上がった。
じゃあどこに行ったんだよ、あのあと。そしてキモホクロマンはどーなった。
…………
うん、昨日の顛末を知りたいのはやまやまだが、小島さんの様子が一番の懸念材料だ。目の下のクマから、明らかに疲労感が漂ってるもの。
「ま、それはあとでいいか。小島さん、少し休んだら? 疲れてるでしょ」
「……」
「人間、寝ないと心も身体もやられるもんだぞ」
「……う、うん」
説得完了。というわけで、アパートの隣の部屋へ小島さんを押し込もうとしたが、そこでくいっと再度シャツの裾を引っ張られた。
「……どうかした?」
「あ、あの、お願いがあるんだけど……」
「内容による。なに?」
「……雄太が、そばにいたら、安心して寝れると思うんだ。だから、あたしが寝るまで、そばに……」
「……はい?」
「だ、ダメかな……?」
どういうこった。
いや確かに多少の同情はあるけどさ、それにしてもいろいろすっ飛ばしすぎじゃねえの? そうまでして俺を頼る理由は?
…………
いや、まあ、昨日までの一連の流れを顧みるに、そういうこともあるのか。
後ろでオカンに口をふさがれながら暴れ出すのを止められてる
だから、こそかもしれない。
ま、これ以上小島さんのメンタルがヘラっちゃうのは俺も勘弁。というわけで、返事は決まった。
「わかった。そのくらいなら」
ただ、もう、小島さんには明日を恐れないで寝てほしい、とは思うんだ。
―・―・―・―・―・―・―
というわけで、なぜか俺と小島さん、そしてアンジェとオカンも一緒に、小島さんのアパート部屋へとお邪魔している。
部屋の中はまだ片付いていないようで、段ボールがあちこちに散乱したままだ。
そんな落ち着かない部屋なのだが、小島さんはようやく横になれる、という感じでバタッと敷きっぱなしの布団の上に倒れこんだ。万年床かいな。
一方、アンジェはこの部屋に入る際に。
「甘い雰囲気になんか、させないよ!」
などとごねてたが、部屋へ一緒に入ってきた今は目の前にある沖縄土産のちんすこうが気になって仕方ない様子。
「ねえ、お兄ちゃん。ちんすこうって何?」
「ああ、ちんすこうとはな、沖縄名物の……まあクッキーみたいなもんだ。アンジェは食ったことないのか?」
「うん、初めてだよ! へえ、沖縄のお菓子、ちんすこう、かあ……」
「まあ、せっかくいただいたわけだし、ありがたくいただこうぜ」
「うん。ちんすこう、ちんすこう……ふふ、ちんすこうって、なんだかおもしろい響きだね!」
「連発すんな。言い間違えたりしたら大変なことになるからな」
沖縄の犯し、ちんこすうじゃないからな。言い間違えるなよ。
少なくとも中学生が連呼するような単語ではないから歯止め歯止め。チ○コ吸うには歯を立てちゃいけないのは世間一般の常識なので。
ギュッ。
「……ん?」
そんな会話をしていると、万年床で横になってる小島さんが、アンジェから見えないように俺の左手を握ってきた。
思わず振り返って表情を見ると──なんとなく、まだ不安そうにも見える。
「……大丈夫だ、早く寝ろ」
「……ん。ありが、と……」
とりあえず振り払うような真似をしなかった俺をほめてやりたい。
オカンはオカンで『あらあら』みたいないたずらっぽい顔をしてるが、ま、サービスするのは今日だけだ。そして悪いが、寝付いたらそのままほっといて俺は春祭へ行かせてもらうからな。
次回、ようやく春祭へイクの巻。
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