ハーレム展開など望んでない

 気まずい空気が漂う中、再度玄関のドアが開く。


 やっときた剣崎さん──と思ったら。


「アンジェー? すぐ戻ってくるっていうから外で待ってたら、いつまで……」


 オカンだった。期待は裏切られた、こういう展開誰得よ。いつまでも春祭始まらないから読んでる方もイライラしてんぞ。


「……何よ、このハーレム状態」


「こっちにも事情があんだよ! つーかハーレムとか生易しいもんじゃないっつーのが!」


 そんなイライラなど空気の読めないオカンに届くわけもなく、部屋の中を確認して出てきた言葉がとんでもないものだったので、脊髄反射で思わず反論しちまったわ。

 まあ、小島さんはともかく、暮林さんはあっけにとられてはいるが、この『見た目だけはパツキンガイジン』の女性がどういう立ち位置の人なのかは理解できたらしい。いちおう紹介だけはしとこう。


「あ、このパツキン縦ロールの若作りBBAは俺の義理の母、上村・ビアンキ・クリスティーナ。ビアンでもクリでも好きに呼んでやって」


 そう言うなり、すぐさま頭を平手でたたかれた。


「いてっ!」


「あんたはまったく! 少しは保護者に対する敬意ってもんを持ちなさいな」


 本気で怒っているのかそうでないのかわからない様子のオカンに、暮林さんと小島さんが向かい合う。あら、ふたりとも表情が真剣なソレだ。なぜここでシリアス。


 暮林さんはつき合ってた短い期間に俺の家へと来たことはなかったでござるから間違いなくほぼ初対面なはずだが、しかし振られた俺は心の折れたエンジェルだったので、泣きながらオカンに名前付きで愚痴った記憶がある。

 ゆえにオカンの方はひょっとして……


「あ、あの! 暮林、美衣と言います。雄太くんには、いつも、お世話に……」


「……ああ、あなたが中学時代に雄太のことを振った暮林さんね」


「ぐはっ!!」


 あ、オカンのほうはやっぱり知ってたか。さりげなく暮林さんにダメージ付与。ちょっとすっとした。


「なんてね。うそようそ。愚弟から話は聞いてるわ、お母様も含めいろいろとお世話になってるのはこっちのほうだし、今後ともよろしくお願いします」


「あ、ど、どうも……」


 全くこのオカンはおちゃめというかおやめというか。おかげで暮林さんがさらに縮こまっちまったじゃねえか、生命の危険を感じたときのイチモツのようだぞ。おまけに化けの皮かぶってる、借りてきた猫状態。

 でも、ま、いいや。剣崎さんとの約束はセッティングするってことだけだし、暮林さんがどんな状態なのかまでは指定されてないもの。暗闇だろうが毒状態だろうが沈黙だろうが知ったこっちゃない。


 で、多少の紆余曲折はあったにせよ。

 とりま暮林さんとのファーストコンタクトが一段落したのち、今度は小島さんがおずおずとオカンに向かって挨拶をしてくる。


「……そ、その、あの、昨日は、ご無礼を……なんか……はい」


 ああそうそうこれこれ、この話し方が小島さんだよ。

 まったくなんのことを言っているのか第三者は要領を得ないが、だいぶ本調子にはなってきたのか。


「ん……? そういえば、小島さんだっけ。あなたはあなたで高校時代に雄太を振ってたのよね……中学高校とふられた相手に囲まれるとか、雄太もみじめなやつよねー、はは」


「う゛っっ!!」


 こちらも酷い言いようである。小島さんにもダメージ付与だけど、割と昨日のことで参ってるだろうから、またうまい棒リスカしないようにオカンもそのくらいで勘弁してあげて。


「じょーだんよ。まあ、ここにこうしているってことは、昨日の件はそれなりにうまくいったってことかしら。前に電話がきたとき、雄太に無断で教えた甲斐はあったわね」


「は、はいぃ……おかげ、さまで……」


 コミュ障がパツキン外人に勝てるわけもなく、あっという間にオカンによる場の制圧完了。

 借りてきた猫が二頭に増えた。亀の頭、じゃなくて亀の甲より年のこうってやつだろうな。揉まれてきたものが世間の荒波か間男かの違いだ。


「うそでしょ……暮林さんまで、お兄ちゃんと……知らなかったのは、アンジェだけなの……?」


 一方、アンジェはアンジェで闇落ちしとる。暮林さんがはるか昔に俺の彼女だったと言わなかったことが、結果として悪い方向へとつながってしまったか。

 ま、この場で『大丈夫だアンジェ、今はそういう俗世の色恋沙汰とは無関係だ』と言いたいところだが、暮林さんとは不本意ながら合コンのためにデートの約束をしてるわけだし、ここでそんな弁明をするわけにもいかんな。なんか場の雰囲気的に何か言うのもはばかられる。


 かといって拗ねたアンジェはとっても厄介だ。あとでなんとかフォローしとかねば俺の精神状態も危うい。俺に昔のNTRネトラレアどもをどうこうしたいという下心は皆無なので、きっとアンジェにはわかってもらえる……と信じることにしよう。だから俺達は考えるのをやめた。


 合コンのために!


 大事なことなので、脳内で二回念を押したそのとき。


 ピーンポーン。


「……どうぞお入りください」


 これ以上待ち人以外でインターホンが鳴ったらたまったものではない。今度こそ間違いなく剣崎さんだろう、そうであってほしい、と願いつつ、来客に返事をした。


「……おじゃましま……何これ、ハーレムでもおっぱじめるつもりなの?」


 待ち人来たれり。

 しかし、剣崎さんが部屋に入ってきたときの第一声もあまりにも非現実すぎた。


「んなわけあるか!!」


「……飛鳥姉……」


「え……ま、まさか、KYOKO……? な、なんでここに……」


「ま、また悪い虫が増えた……」


「あらあら、なんだって雄太は美人に縁があるのねえ」


 誰がどのセリフを言ったのかは、あえて解説しない。精神的に疲れたから。

 とりま、暮林さんと剣崎さんを二人っきりにさせたほうがいいだろうし、その他はここから退場するしかねえよな。


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