Cross My Heart

 しかし、妙な雰囲気は、玄関のドアが開く音で一瞬にして壊れた。


「お兄ちゃんごめーん。持ってきたICレコーダーを渡すのを忘れて……ん?」


 アンジェが、これ以上ないタイミングで戻ってきたのである。

 扉を開けるとワンルームの中は一目瞭然だ。突然の訪問者登場で暮林さんは玄関先へと振り返り、そこでアンジェとの視線が交錯する。


「……!」


「な、なんで暮林さん……が、ここでお兄ちゃんと二人っきりでいるのぉぉ!?」


 あちゃー。さすがに一緒におにぎり握っただけのことはある、アンジェも暮林さんのこと覚えてたか。

 まあ正直、俺的にはやましい心もやらしい心もないので特に狼狽することはないのだが、どんくさいアンジェのせいでめんどくさいことになったとだけは思う。


「あ、あの……えと……」


「お兄ちゃんのこと取らないで、って言ったでしょ! お願いしたでしょ! なのになんで泥棒猫オーバーランしてるの!!」


「そ、そういうことじゃなくて……」


「お兄ちゃんはすごくかっこいいから好きになるのも仕方ないけど、だからって! だからって!!」


 アンジェのアイスドール仮面はどこ行った。いや最近のアンジェは違う方向でキャラ破壊が進んでいるので。そんな二つ名らしきなにかすら忘れてる人が多数だとは思うが。

 というか兄をとられるという意味合いに、何かヨコシマなTE〇GAっぽい性的なアレが含まれている気がしてならない。となるとヨコシマの色は多分赤と銀なのか。


 ……少しだけ現実逃避。


 しかし、扉も閉めず玄関先でアンジェがバーサクモードに入ったのはいただけなかった。


「……んー? ひょっとしてお取込み中かな? 出直したほうがいい?」


 がなり立てるアンジェの後ろから遠近法を無視するかの如く大男が出現して、一番奥にいる俺へそう呼び掛けてきた。


「冴羽さん!?」


 即座に俺はそう返す。びっくりして、そこでアンジェも振り返った。


「あー、きのうぶり。こっちはいろいろ面倒くさいことになりそうだけど、彼女も疲れてるみたいだし、送り届けるついでにメンタルケアだけはお願いしたくて尋ねてみたんだ」


 こちらの状況などおかまいなしにそう言いつつ、冴羽さんがちらっと自分の左へと視線を向けた。そこにいるのは、昨日の騒動の被害者、小島亜希その人。

 確かに見る限り、ちょっとやつれた感じがする。一晩中事情聴取とかされてたんかな。


「……亜希?」


「え……ちょっとまってなんでお兄ちゃんの元カノがここで出てくるの……? 昨日から姿見えなかったからどこかへ退場したのかと思ってたのに……」


 思わぬ訪問者の追加に、暮林さんはもちろん、アンジェも呆然。

 そういや昨日はアンジェが風呂に入ってたせいで、布団にまつわるエトセトラを説明してなかったわ。

 暮林さんは御母堂から話を聞いていたのか、何があったのだろうとか訝しがる様子はないけど、小島さんの様子を心配してそうである。


「冴羽さん、お疲れ様です。で……」


 どうなったんですか、と聞こうとして思いとどまった。

 ま、無関係な人間がいるここで話すようなことでもないしな。


「さすがにあんなことがあって、ひとりにしておくのはキミも心配でしょ」


「……」


「ま、またなにか進展したら報告するよ。それじゃ、修羅場頑張ってね」


「一言余計だわ!!」


 冴羽さんの言い方からして、今の状況をだいたいお察しのようだ。

 ならせめて爆弾を増やすような真似は勘弁してほしいんだけど、やつれた小島さんを一人にしておくのも不安なのは確か。これ以上ヘラっちゃったらマジで『生きててすみません』からの入水確変モード突入しそうだし。


「……ま、とりあえずあがってよ、小島さん」


 なのでとりあえず一時保護だけはせねばなるまい。アンジェも何か察したらしく、不満はあるだろうが口には出さず、そのまま一緒にアパートへと入ってきた。


「……」

「……」

「……」

「……」


 そうしてできる気まずい空間。


 一緒におにぎり握った仲の暮林さんとアンジェ。

 どちらも間男のチ〇コ握った仲の暮林さんと小島さん。

 一緒にスマタバックスで濁ったナニカを飲んだアンジェと小島さん。

   

 このクソ狭いアパートにNTRネトラレアふたりとSSRシスターレアひとり。うむ、これが三すくみってやつか。

 だが精神的によろしくない。誰かがうかつに言葉を発したら、そこで命の危険がでてきそうだ。というかいるだけでも寿命が縮むわ。


 これほどまでに剣崎さん登場を願う状況が、俺の人生で起きるとは思わなんだよ。




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 風邪ひいて死んでました。すみません。

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