浮気なテディ・ボーイ
「……おはよ、お兄ちゃん」
おっと、いろいろ考えてたらアンジェが目を覚ましたぜ。
「おはよう。早いな」
「うん……なんか、いやな夢見た。みんなの前でなにか注目されるような、それでいて辱められるような……よく覚えてないけど」
「……」
ちなみに、アンジェはなにかをもっているのかなにかが憑いているのかはわからないが、たまにこういう予知めいた夢を見ることがある。
とはいっても、現実に起こることは、夢の内容がスケールダウンする場合が多い。『世界が滅亡する夢』なんてのを見た時には、マークシートの試験で記入した解答欄が一つずれてしまった、とか。そんなほほえましいレベルだ。
夢の内容があまりに抽象的すぎるので、なかなか対策というかそういうものは出来ないが、まあいちおう心にとめておこう。
「そうか……なんか不吉な予感がするな。じゃあ危険だからアンジェは今日の春祭に出ないですぐ実家に帰った方が」
「大丈夫だよ、夢の内容からして、たとえ事件が起きたとしてもそんなとんでもないことにはならないはずだから」
「いや万が一という可能性も」
「ぜったいにやだ」
「……」
妹を思う心は届かないのが常である。確かに俺も正直なところそんな深刻なことが起きるとは思ってないけどね。
ただ、昨日のキモホクロマンの件といい、なんか悪い波が来てる気もすんだよな……
―・―・―・―・―・―・―
やがてオカンも起きてきて、久しぶりの上村家勢ぞろいでの朝食である。
ま、なんだかんだいっても気心の知れた家族だ、こんな時間も悪くない。
オカンがついでに電子ジャーを持ってきてくれたので、久しぶりの納豆ご飯。
どうせなら引っ越す時に一緒に欲しかったぜ。
「ところで、春祭って何時から始まってるの?」
俺の左で納豆のネバネバに悪戦苦闘しているアンジェが、いきなりそう質問をしてきた。
「……たしか一般は十時からだけど」
「そっか。じゃあご飯食べたらすぐ向かって大丈夫だね。お兄ちゃんも準備してね」
アンジェはどうやら俺と一緒に春祭をまわる気満々らしい。だがこれから、俺には春祭よりも大事でめんどくさいイベントが待っているのだ。すまんな。
「悪いアンジェ、俺はちょっとした用事があって……オカンと一緒に先に行っててくれ。午後からなら一緒に回れると思うから」
「えー? 母さんと一緒なんていつもと変わりなくてつまんない」
「いやさ、俺は俺で設営とか関わってるから、そうもいってられないんだよ」
「やだやだーーーー!!」
だだをこねるアンジェである。はたから見ればほほえましくて可愛いものなのだろうが、その可愛さは俺には通用しない。見かねたオカンがここで割り込む。
「アンジェ?」
鬼のような視線を携えて。
「だってさ! だってさ! ちゃんといろいろ準備を……」
「まったく……どこまでもお兄ちゃんファーストなのはいいかげん卒業しなさいな」
オカンの態度がいろいろと痛いんですけどなぜ。
まあそれでも、これだけ慕われるのは確かに兄みょうりに尽きるとはいえ、結局アンジェは血のつながった妹なのだ。恋人というポジションにつくことはない。
せめて唇に納豆菌をつけて、春祭に行ってくれ。
―・―・―・―・―・―・―
で、朝食が終わったあと、せっかく遊びに来たわけだから、と説得し。
なんとか渋るアンジェをなだめすかし、オカンに連れ去ってもらってアパート内を空けた。後ほどおちあうときには、俺の心の中が穏やかになってればいいんだけど。
そうしてほのかに納豆のにおいが残る部屋を掃除し、約束の午前十一時まであと十五分、となったとき。
訪問者を告げるチャイムが鳴った。
覗いてみると、そこには暮林さん。
「……どうぞ」
「お、おじゃま、します……」
玄関のドアを開け、やや無愛想気味に促すと、暮林さんは恐る恐る入ってきた。
靴を律儀にきちんとそろえたあとに立ち上がる暮林さんの服装は、フリルがたくさんついた、気合が入っているのかいないのかわからないような白のワンピース。ひとことで第一印象をいうならば、清楚。
うーむ、中身がビッチだと知っているから俺は騙されないが、ほかの男どもが今の暮林さんを見たらなんとなく騙されそうだ。
いいか、膜は見た目じゃ判断できないんだぞ。
つーか、美人ってのは男が群がるんだから、そりゃ群がらない女子よりもロスト膜してる可能性が高いに決まってるわな。
剣崎さんみたいな塔の住人じゃなければ、ね。
「……狭くて悪いけど、適当に座って」
「あ、ありがと……」
暮林さんはやや落ち着かない様子である。まるで電マのように震えているわ。
ま、そりゃそうか。今から姉のようでもあり仇敵でもある存在と、久しぶりに対峙するわけだからな。
今の立場的には暮林さんのほうが強いとはいえ、その後和解して和姦したら剣崎さん上位にはなりそう。
…………
俺のリビドー、ステイ。
…………
暮林さんは、まあ、赦すつもりではあるんだろうな。そうでなければ、剣崎さんと今日会ってくれるわけもないし。
……ちょっと聞いてみるか。
「暮林さん? 今日は……」
「……」
「……暮林さん?」
「……」
「美衣ちゃん?」
「ぴゃいっ!?」
名字を呼んでも無視されたので、試しに名前で呼んでみたら、今度は飛び上がるかのように過剰反応を返してくるってなんなん。
「心ここにあらず、って感じなんだけど。どしたのいったい。まだ剣崎さんのこと許すか許さないか悩んでるの?」
「あ、い、いえ、その、そういう、わけじゃ、なくて……なんとなく、緊張しちゃって」
緊張の夏、日本の夏。いやまだ春だけど。
「そんなに剣崎さんに会うのが緊張する?」
「ち、ちがうよ!」
返事、そこだけ勢いよすぎ。
「こ、ここに、雄太くんと二人っきりなのが、な、なんだか、こう……」
「……はぁ?」
「……」
と思ったら、またしおらしく理解不能な言葉を話しておるぞ、暮林さんが。いや前にもこの部屋に入ったことあるじゃん、おにぎり事件の時。
おまけに
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