ふとんがだっふんだ

 さて、あのキモホクロマンが果たして法の裁きを受けるような流れになるのかどうか。

 気になるところではあるが、俺の立場からするとジョーンズさんが慰謝料を踏んだくれるかどうかのほうが重要事案。


 どちらにしても、けーさつに連れてかれてしまっては、俺は手出しできん。なんとなくだけど美沙ママから何かしら事後の連絡は入りそうだし、今はとにかく布団を運ぶことを優先しましょ。


 ま、とりあえずネトラレアが押し倒されてた敷布団は除外で。

 キモホクロマンの縮れ毛とかくっついてたら嫌だし、使えそうな掛け布団だけお借りする、ということでいいやもう。ないよりはましだわ。いざとなればくるまって寝ればいいしな。



 …………


 ……



「ただいま……」


 そうして掛け布団を二組抱え、必死でアパートまでたどり着いた。タクシーは使わなかった、金がないので。かなりきつかったが、まあこれも筋トレのうち。

 玄関のドアを開けると、オカンがなにかをポリポリ食べながらスマホをいじっていた。ちなみにせんべいはオカンの大好物である。


「あらおかえり。わりと時間かかったわね」


 俺を認識したオカンは、家族なら当たり前の言葉をかけてくる。ひさしぶりにオカンから『おかえり』と言われた感があって、ちょっと妙な気持ちだわさ。


 むず痒さをごまかすように、俺は答える。


「ああ、ちょっとイレギュラーなハプニングが勃発したせいで」


「……さきほどの女の子はどうしたの?」


 やっぱり聞かれたか。でも説明するのめんどくさいな。根掘り葉掘り聞かれるのも鬱陶しいし。

 しゃーない、ごまかしとこ。


「……ん、なんか保護されてどっかに行ったよ」


「ふーん。誰か家族でも来てたのかしら?」


「……」


 ウチのオカンは妙に勘が鋭い。いやまあ俺が出ていくときにキモホクロマンの話とかしてたから、はっきりとじゃなくても推測できてはいるのかもしれない。


「そういうこと。いちおう安全だろうし、心配しなくても大丈夫だよ」


「……そ。ま、それならいいわ」


「ところで、アンジェは?」


 ツッコまれないように話題転換。

 ん? なんでオカンはそこでため息つくんだ?


「アンジェはお風呂に入ったまま出てこないわ。もう一時間になるんだけど」


「……年頃の女ってのは難儀だな……」


「何言ってんのよ。アンタも知ってるでしょ、こんなに長風呂するような妹じゃないって」


「……」


 ああ、そういう意味ですか。


「……じとー」


 オカン様、ジト目で俺をにらんでくるのやめてくださいませんかね。俺は悪くないぞ、たぶん。だいいち、半分とはいえ血のつながった妹を肉体的にあれこれする悪趣味な性的嗜好は俺にないからな。


 ……アンジェはどうだか知らんが。というか、生まれたときから一緒にいる家族をそういうふうに思えるもんなのだろうか。家族の情っていうのは、恋愛感情とは全くの別物だろうに。


 そう思うも、俺は何も言わず。

 そのままオカンの隣に座り、オカンの食べていた『ガキの種』に手を伸ばした。多少イカ臭いが、フレッシュパック個包装なので劣化せず新鮮でうまい。


 ぽり、ぽり。


「……ひさしぶりに食ったわ、ガキの種。相変わらず好きなんだな、飽きたりしないの?」


「なによ藪から棒に。好みなんて、今さら大幅に変わるわけないでしょ」


「……せやな」


 そういうもんなのかね。食べ物も、異性の好みも。



 ―・―・―・―・―・―・―



 そうこうしてるうちに、アンジェがようやく風呂から出てきた。ブラトップにカボチャぱんつというラフないでたちである。こんな恰好、家族以外には見せられんな。


「あー、いいお湯だった……って、お兄ちゃん、いつの間に帰ってたの!?」


「いつの間に、って……おまえが長風呂過ぎるんだろ」


「え、だ、だって……」


 なんでそこで腰をくねくねさせるのか、アンジェの真意がわからん。


「いいから早くパジャマでも着とけ。湯冷めするぞ」


「え、それだけ?」


「それ以外に何を求めている?」


「えー!? このカボチャぱんつとか、お兄ちゃんの心をわしづかみに……」


「あーあーあーソウデスネー、トテモヨクニアッテマスヨー」


 クソほどの色気もないカボチャぱんつをどう褒めろと。だが、これならアンジェがいくら短いスカートを穿いてもある意味安心できるわ。ヘタに色気づかれるよりは百倍ましである。

 それよりもアンジェに夜更かしさせるわけにはいかんので、とっととととと寝る準備をさせよう。


「諸事情で掛け布団しか借りられなかった。アンジェはベッドで寝てくれ、俺とオカンは掛け布団オンリーで何とか寝るから」


 借りてきた掛布団を床に広げつつ俺は言う。


 掛け布団にくるまって寝れば何とかなるだろ、たぶん。いちおう一番年下であるアンジェを最優先で──


 ──という兄の心、妹知らず。


「え? お兄ちゃん、一緒に寝ないの……?」


「さすがにそれは憚られるやろ、常識的に考えて」


 いまここにオカンがいる意味を理解してない妹であった。


 いっぽう、オカンはオカンで。


「……はあ、『アンジェが雄太の敷き布団になる!』とか言ってたら、おしりペンペンするところだったわよ……」


「あんたが一番汚れてるわ。きたないさすが大人汚い」


 しょせん中坊のアンジェになにを求めているんだ。



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