ネトラレアはネトラレア、それ以上でも以下でもない

「……少しは落ち着いたか?」


「……」


 キモホクロマンの手首を冴羽さんが出してくれた結束バンドで縛り上げてから、俺は小島さんにそう尋ねた。返事はない。


 いっぽう、キモホクロマンのほうは。


「なんなんだよおまえらふざけんな!! 不法侵入してきた挙句にこんなことしやがって!!」


 観念するという概念を失念したのだろうか、悪あがきをしている。残念な奴め。念には念を入れて、逃げられないように両手両足折ってやろうか。いや、いっそ息の根を止めてやろうか。


「少尉、いや上村くん、骨を折るとか葬っちゃうとか、そんなことしなくても大丈夫だよー? どのみちもうこいつは詰んでるからね」


「当たり前の様に俺の心の中を読まないでくれませんか、冴羽さん」


「殺気だだ漏れだもの、わからないわけないじゃん? まあとにかく殺しちゃだめよ。ちょっと気になることもあるし」


「気になること……?」


 今さら『気になること』などとあらためて言うあたり、割と重要な事なのだろうと感づいた。


「うん、勘だけど……この男からなーんとなく、何かをキメてるような香りがするんだよ」


「……は?」


 そしてその言葉を理解するまでにディレイをかます俺。

 もしも、このキモホクロマンがへんなクスリをやっていたとすれば、これは一大事である。いや、ひょっとするとこいつがらみの一連の騒動はそのせいで起きた、までありそうだ。


 いぶかしんだ俺に説明するかのように、冴羽さんも会話をつづけた。


「なんかねー、ここまで異常な性欲とか、ちょっと暴力的になる様子とか、あと『目』とかさー、当てはまるような要素てんこ盛りなんだよね」


「冴羽の言うとおりだな……確かに、いままで腐るほど見てきた『目』だ」


「もしそうなら問答無用でこの男はタイーホ待ったなしかなー」


「……ああ。しかし、まさかとは思うが、キメてるクスリがエンジェルダストだった場合には、あたりを危険にさらすほどの……」


「いや待ってそれ槇村さんの死亡フラグじゃないですか、もっとANZENなクスリにしてくださいよ」


 やべえ、ついツッコミ入れてしまった。というか婦女暴行でも逮捕待ったなしだろ、ふつう。不法侵入もそうだろうが。

 不法なら侵入もチン入も、世間からすれば同列である。解せぬ。


「……フッ、俺はすでに死んだのさ、最愛の彼女に裏切られたときにな」


「知ってるけど全くかっこよくないです」


「だいじょうぶだよー、もし槇ちゃんに被害が出たら、百倍返しくらいで俺が復讐するからさ」


「だから出てくる話間違ってるでしょあんたら。地獄にぎやかにしちゃダメでしょーが」


 どこかから訴えられる前にこの手の話は控えてもらいたい。


「ま、それはおいといて、この男について詳しく調べておきましょうかね。まずは尿検査から」


「……冴羽、いちおう、女豹どのに報告しといたほうがいいと思うぞ」


「あ、そっか」


 だがさすがに街の掃除屋さん、切り替えが早い。冴羽さんと槇村さん、二人はまじめな顔で何やら会話した後、スマホを取り出した槇村さんがどこかへ通話をつなげた。


 その間、俺はまだ小刻みに震えている小島さんに意識を向ける。


 ……まさか、とは思うものの、ひょっとして小島さんの一連の行動も、キモホクロマンのクスリに影響されてたりしてね。


 だとすると、小島さんは被害者でもあり。

 もしそうだったなら、俺はどんな態度を取ればいいのか、正直わかんなくなってきている。


「……よし、話は終わった。冴羽、とりあえず連れてこい、とのことだ」


「そっかー。ねー上村くん、ちょっとこの男と、あと小島ちゃん。お借りしてもいいかな?」


「……」


「……上村くん?」


「え! あ、はい、どうぞどうぞ」


 おっと、いかんいかん。そんなこと考えてどうする。

 今俺が考えなければならないことは、オカンとアンジェの布団をどうするか、ってことだろう。


 結局そのまま、小島さんは冴羽さんと槇村さんに保護され、拘束されたままのキモホクロマンと一緒にどこかへ消えていった。どこに連れて涸れたのかまでは知らない。不感症だけに。


 ……


 俺ったら、小島さんに上着貸したままだった。春の夜はまだ肌寒いのだがどうしてくれようか。

 ま、いいか。上着を貸してるんだから、布団くらい借りても文句言われないだろう。押し入れから拝借しますよ、っと。


 …………


 掛け布団しかねえ……


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