隣のめんどくさいNTRワーク

 その時、冴羽さんがピンポンを押して、俺の部屋に入って来た時のようなしゃべり方をする。


「こんばんはー! けーさつですけど!」


 しかし、当然の様に反応はない。ひょっとすると真っ最中なのかもしれん。

 だが冴羽さんは、わざとらしく深刻そうな顔をして、相棒に尋ねた。


「明かりはついているしねー」


「居留守か……」


「これは……緊急性を要する事態かな? どう思う槇村?」


「……そうだな。事件性も高いしな、手遅れになる前に何とかした方がいいだろう」


 緊急性はともかく、事件性はそんな高くねえだろ? とは思ったが、まあいいや黙ってよう。


 そうして冴羽さんと槇村さんの二人は、きょろきょろしつつあたりを探り始めた。


「槇村、近くに監視カメラはないかい?」


「ああ、この辺りは大丈夫そうだ……さすがに安普請というべきか」


「近所の明かりは……うん、それほどまでに住居人いなさそうだね、このアパート」


「この部屋は空き部屋みたいだぞ。好都合だな、ふむ……よし。これならいけそうだ」


 すげー不穏な会話が聞こえてくるんですけど。やっぱりこのふたり裏の住人じゃないのか。現職のけーさつかんなのに。


 ……まあ気にしたら負けな気がする。さて、どうやって小島さんを助けるか、それが問題だ。


「……よし、開いた」


「ご苦労さん槇村。さ、じゃあ中に失礼するかね」


「いつのまにか着替えただけじゃなくなにしれっと隣の部屋のカギを開けてんすかあんたたち!!」


 というかなぜゆえに制服から私服に着替えてんだ。制服だからこそ威圧感が出るんじゃないのか。やばい予感がびんびんかんかん、エコエコア〇ラクレベルだ。


「……静かにしてくれないか。こうなった以上、隣の部屋からベランダ沿いに侵入するのが一番簡単だろう」


「なら直接こっちの家のドアを開ければいいじゃないですか」


「君はチェーンキーというものの存在を忘れてるねー? 暴行犯ってのはそのあたりは抜かりなくセットするもんだよ?」


「……それに今日はクリッパーも持ってきてないしな」


「あんたら非合法側に回るのもそう遠くない未来ですよね」


 なるほど、着替えた理由も納得。

 このふたりはやはり公務員の皮を被ったResistanceに違いない。まさかこんなところでSelf Controlの難しいGet Wildな世界にお邪魔する羽目になるとは。

 たかだかDIVE INTO YOUR BODY目的のキモホクロマンからNTRネトラレアを保護するだけだってのに、Human SystemからRunning To Horizonしてどーすんだ。


 ……ま、なにかあったらこの二人に全部責任なすりつければいいのか。曲タイトルに著作権はないことだし、この際開き直ろう、いろいろな意味で。


「いやー、いくらなんでも限界があると思うよ?」


「あんたがいうな!!」


 ついでに脳内を読まれた。冴羽さん第六感というか野生の感というかもっこり山感みたいなものまで常人離れしてんのかい。


 まあいい。俺はあくまで後をついていくだけだ。


 そうして薄い壁で仕切られているベランダから、そろーりと隣の様子を伺う。


「カーテンかかってるね」


「……まあ当然だな。逆に好都合だろう、近寄るのが容易だ」


 状況確認がされたあと、近づくために。

 ふたりとも慣れた体さばきで、ひょいひょいと隣に飛び移る。


 これ、はたから見たらただの泥棒じゃないのか?

 そんな一抹の不安を抱えつつ、俺も追随した。二階とはいえマジでビビるわベランダ伝いの移動方法。


 移動し終え、ベランダにたたずむ大の大人が三人、耳をすませば状態で中の様子をうかがうと、何やら言い争いみたいな声が聞こえてきた。安普請なだけある。


 さ、デバガメタイム。


『だからもうやめて! 警察だって訪ねてきてたのに……』


『はっ、あんな突然の訪問、本物なわけないだろ。どうせ警察の名をかたったいたずらに決まってる』


 ざーんねんでしたー! 本物です! いや疑わしいことこの上ないけど。


『というか、なんだよ亜希、おまえは! そんなにこっちの生活が楽しいのか、思わず鼻歌を歌って歩いてくるほどに!』


『……』


『もう帰らないだの、ひとりで生きていくだの、許されると思ったか? 自分だけきれいになったつもりで生きていこうだなんて、許さねえぞ!』


『そ。そういうわけじゃ……』


『いいか亜希、おまえはなあ! もう二度ときれいになることなんてできないんだよ! 一生薄汚れたままなんだよ、心も、身体もなあ!!』


『……』


『いまさら普通に生きていけるとか、夢見るな! 汚いお前は、俺の言うとおりにしてればいいんだよ!!』


 なんかしらんがキモホクロマンがヒートアップしとるわ。

 ま、小島さんが一生薄汚れたまま、というのは、半分当たってるのかもしれない。義理の兄との相関関係が相姦姦計なわけだし、家庭事情もなかなか複雑な感じだし。


 おかげで俺もひどい目に遭ったわけだけどさ。


 …………


 うん、だけど。

 小島さんが思わず鼻歌を歌っちゃうくらいに、今現在どことなくなんとなく感じているささやかな幸せな気持ちをぶち壊す権利なんて、キモホクロマン義兄にはないよな。


 そう思うとあら不思議。

 俺の身体は、無意識のうちにこぶしを握って大きく振りかぶられていた。だがそれを冴羽さんに止められる。


「おちつこうね上村くん。こういうガラスは殴っても自分の手に被害が出るだけだし、音もでかいよ? サッシにはこれを使うのが正解」


 そう俺をいさめたのち、いつのまにか着替えていたトレンチコートの懐に手を突っ込み、マイナスドライバーを取り出して俺に見せてくる冴羽さんであった。


 ……あんた何するつもりだ?

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