どんより曇った日本晴れ

 さあ、明日から春祭だ。いろいろ起きることは間違いないので、気合入れていこう。


 そう思った夜、いきなり出ばなをくじかれるような訪問者がマイアパートに現れた。上村・ビアンキ・クリスティーナという名のオカンである。

 きっと誰もが本名を忘れてるに違いない。


「なんでオカンまでアンジェと一緒に来てんだよ!?」


「いやー、一回くらいは雄太の大学、来てみたいじゃない?」


「つーかそれならそれで来るってちゃんと言えっての! どーすんだよ、布団なんて用意してねーぞ!?」


「ああ、それは全く考慮してなかったわ。まあ何とかなるでしょ」


 アパートの玄関先で俺は思わず叫ぶも、それに対して悪びれもせずさらっと返してくるオカンに毒気を抜かれた。

 一方、アンジェはオカンの後ろで、FXで有り金全部溶かす人のような顔をしている。


「……なんでこーなるのぉぉぉ……」


 両手でスカートのすそを握り締め、目に涙をためながらぶつぶつ言うアンジェであったが。

 オカンはそんなアンジェの姿を一瞥してから、俺にそっと耳打ちしてきた。


(……言っとくけど、『まらのあな』あたりで売られているような兄妹でのエロ同人的展開は許さないからね)


(なんやそれ。冤罪を主張するぞ)


(雄太のほうはともかく、アンジェのほうはほっとくといろいろヤバそうな気がするから)


(……)


(ま、寂しさを勘違いした、一過性のものでしょうけど)


 さすがはオカンである。自分の娘をちゃんと見てるわ。


 ま、あとアンジェにはエロ自撮りを二度と送らないようにだけは言い聞かせないとな。確かに俺はいやだ、いくら大事な部分は隠されてるといえ、アンジェの自撮りが流出して『カボチャぱんつバーガー事件』がインターネッツの荒波の中で後世まで語り継がれるのは。


「……とりあえず、入って。近所迷惑だから」


 玄関先で騒いでてもどうにもならん。

 オカンがアンジェと一緒にやってくるのが運命なら、それを受け入れよう。俺は学んだ。


「お茶はないの?」


「予期せぬ来客に対してそんな高級な気づかい俺にできるわけねえだろ。ほしけりゃ自分で何とかしてくれよ」


 まあ、あくまで受け入れるだけで、運命をもてなす気はない。


 そうしてブーブー不満げなオカンと、諸行無常を表情に出したアンジェを部屋に入れて少ししてから、またもやインターホンが鳴った。

 こんな夜に訪問してくる人間は、身内以外では限られている。


『こ、こんばんは、亜希、です……』


 小島さんか。

 なんだろう、ジョーンズさんの計らいで隣に引っ越してきてからこんなふうに訪問してくることは初めてだけど。


 俺はインターホン越しでなく、玄関のドアを開けて直接話をする行動を選択した。


「なんか用?」


「……来客あり……?」


「ん、ああ、オカンと妹が……」


 そういって俺が後ろを振り向くと、アンジェの表情がなぜか劇的に変化していることに気が付いた。


「……な、なんで……」


 おお、般若だ。般若がおる。

 というか、容姿が整ってる分、こういう表情が怖さマシマシだな。わが妹と言えど。


「なんでこんな時間に元カノが訪ねてくるのぉぉぉぉ!? しかもなぜかこう、心の扉が壊れたような親密さをそこはかとなく醸し出しながら!! お兄ちゃん、ひょっとしてアンジェにぶつける予定だったリビドーを間違って違う人にぶつけちゃったわけ!?」


「おまえは何を言っているんだ」


 ぺし、とアンジェの頭を軽くたたく。

 というか最近の中三はこんな難しい言い回しをするのか。呆れるを通り越して感心するわ。


 一方、オカンは。


「あらあら、ひょっとして以前に、雄太の住んでるところを電話で聞いてきた、えーと、小島さん……かしら?」


 声でなんとなくわかったのだろうか。名前はさっきインターホン越しに告げてたけど、名字までは言ってなかったもんな。


「あ、その節はお世話に……事情があって、今はとなりで暮らしてます……」


 なんとなくコミュ障らしき言い回しをしつつ、小島さんがオカンに向けてぺこりと挨拶をするさまがなんかヘン。

 ま、そのあたりはどうでもいっか今さら。すでに隣に住んでるわけだからな。


「……あらあら急展開ねえ。割と押しが強い子だったのね」


「い、いえ、そういう意味でじゃなくて、いろいろ複雑な事情が……」


 ああ、そういやオカンは知らないのか。小島さんがジョーンズさんに世話を焼かれているってこと。

 そのあたりは説明しなければならないのかもしれないけど、めんどくさい。ジョーンズさんのほうでしてくれないかな。なんせアンジェが後ろでにらみを利かせているし、小島さんは小島さんでアンジェの敵意を感じて及び腰になっとるわ。


 小島さん、ひとりでいるときはクールなギャルにしか見えないのに、もういろいろポンコツ化してることがアンジェにもバレてそう。最初のイメージどこ行った。訴訟。


「……で、なんか用? 揉め事を起こしに来たわけじゃないでしょ?」


 このままじゃ抗争勃発しそうなので、再度尋ねてみた。


「揉め事!? お兄ちゃん、揉んだり舐めたりイライラしたりしたの!?」


「いいからアンジェは少しおとなしくしてくれ」


 どこのサンディベルだ。というかイライラするってチソチソの話かよ。

 アンジェと小島さん、この前のスマタバックスの時と立場が逆転しておると思ったのは内緒。


「あ、あの、布団がないなら、前住んでたアパートに置いてある布団を、取りに行って持ってこれるけど……貸す?」


「へ?」


「どうせ、もう使わないし……タクシーワンメーターで運べるから」


 聞かれてた。前のアパート、まだ引き払ってないんだな。そりゃそうか、荷物も運び終えてないはずだし。

 タクシーで布団を運ぶというのはどうなんだろう、と少しだけ疑問に思ったけど、さすがにあの狭いベッドにオカンとアンジェを寝せるのは忍びない。


「といっても、布団運ぶの大変じゃないかい?」


「そこまでじゃないよ……軽い布団使ってるし」


「俺も手伝うか?」


「あ、い、いや、部屋の中見られるのは……ちょっと」


 おっと、なぜここで乙女発動。まあそう言われてからには。


「……なら、お言葉に甘えて。運んでくれるのお願いしていい? タクシー代は出すからさ」


「うん、わかった」


 というわけで厚意に甘えることとしよう。


 俺の返事を聞いた小島さんは、その足ですぐさま前に住んでいたアパートへ向かった。


 さて、それでは布団が到着する前に、部屋を少しだけ片付けますかね。



 ―・―・―・―・―・―・―

 


「……遅いな」


 小島さんが前に住んでいたアパートに戻るといって早一時間ほど。

 すぐさま向かったにしては遅い、時間がかかっている。


 何かしら他の荷物を片付けようとしているのかもしれない、そう思おうとしていたら、アンジェがしれっと思い出したかのように爆弾発言をしてきやがった。


「あーあ、お兄ちゃんと二人っきりになれないだけじゃなくて、来る途中の新幹線でもこの前ナンパされたキモホクロマンと遭遇するし、きょうはついてないな……」


「……なん、だと?」


 聞き捨てならない情報である。




────────────────────



いろいろな出来事があり、更新が遅れてごめんなさい。

この作品の移籍問題はとりあえず棚上げして更新していきます。


『コイビト・スワップ』、某所でコミカライズしました。機会があればぜひご一読ください(PR)




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