親族間の意思の疎通(ただし元も含む)

「……というわけで、春祭は危険がいっぱいなんだ。アンジェが巻き込まれたりしたら危ないから、できれば来るのは控えてほしいんだが」


『やだ』


 可愛い妹を騒ぎに巻き込みたくなくて、俺はアンジェに電話で説得を試みたがあっさり却下された。


「そこを我慢してくれないかな」


『やだやだやだ』


「頼む。無敵の人がとんでもないことをしでかさないとも限らないんだから」


『やだやだやだやだやだぜーーーーったいにやだ。なにがあってもアンジェはお兄ちゃんに会いに行くもん。そのためにかぼちゃぱんつも揃えたのに!』


「……はぁ」


 ため息が出るわ。

 ジョーンズさんの間男拉致制裁決議以外にも、KYOKOにあんなトンデモファンレターを出した人間が春祭に忍び込んで騒ぎを起こす可能性が多少なりともあるわけで、アンジェを危険にさらすのもかぼちゃぱんつを晒すのも避けたいんだけど、兄としては。

 特に小島さんの義兄に関して、アンジェはまったくの無関係ではないし。


「ぱんつの件はともかくとして。なんでそうまでして春祭に来たいんだ? 夏休みにもどうせネズミーランドのためにこっちへ来るんだろ? ちょっとのがまんじゃないか」


『アンジェは、お兄ちゃんと毎日でも会いたいよ。寂しいし、本当に寂しいし。お兄ちゃんに毎日おはようって言いたいし一緒にご飯食べたいし、一緒に遊びたいし一緒にお風呂入りたいしおやすみって言いたいし一緒に寝たいし』


「おいちょっと待て、さすがにここしばらくは一緒にお風呂入ったことなどないだろうが。兄妹の日常を捏造するな、聞き捨てならん」


『あ、ごめんなさい。未来予想図も多少入ってるかも』


「どこの異次元だ。無理は承知で相談されてもな」


「異次元だったら兄妹でも大丈夫、やればできるよ。ふたりで笑おう?」


「笑えねえよ!!」


 この世の人間、全員が異次元の天使だと思うな。


「というかアンジェのハダカ程度で俺がそそり立つわけもなかろうが。兄をなめるな」


『……そそり立つ?』


「寝言だ。忘れろ」


 アンジェもマセてきてるのか揉ませにきてるのかはわからんが、細かい言い回しまではまだ理解できない様子だ。

 たとえもう天使には戻れなくとも、ヘンに耳年増にする必要はこれっぽっちもない、このへんでやめとこう。


「とにかくだ。春祭は危険がいっぱいだぞ。あのスーパーへんたいふしんしゃさんのKYOKOも春祭に来るからな」


『……でも、KYOKOってお兄ちゃんのどストライクじゃないの、見た目は』


 再度の説得を試みるも、なんとなくやきもち焼きの口調でアンジェが抵抗してきた。

 はっは、KYOKOの中身を知ってるくせに、そこまでして張り合いたいか。じゃあ言いくるめてやる。


「そんなことない。俺のどストライクはアンジェだ」


『…………そ、そう。じゃ、じゃあ、しかたないよね。見た目どストライクな妹が春祭を見るためにお兄ちゃんに会いに行ってあげるよ、お兄ちゃんも寂しいだろうから』


「しもたーーーー!!」


 墓穴を掘った。妹の機嫌をとるために、兄の威厳を損なうような行為をすべきではなかったわ。

 こうなったら、せめて俺の目の届くところでアンジェを保護しないとならんな……あ、そうだ。


「じゃあアンジェ、もしこっちにくるなら、俺の部屋から持ってきてほしいものがあるんだが……」



 ―・―・―・―・―・―・―



 さて、アンジェに関してはもうあきらめるとして。

 最後の仕上げとばかりに、やってきたのは妊娠船橋駅のとある喫茶店。


「チッスチッス」


「……またおまえか。今度は何の用だ」


 泡姫あずささんは、きょうも目の下にクマを飼いつつ、けだるそうにやってきた。


「ジョーンズさんから連絡行ってるでしょうに。ちゃんと来てくださいよ、春祭に」


「おまえに念を押されなくても行くわ、休みももらえたしな。だいいちアタシの今後にもかかってくるイベントなんだぞ」


「ですよねー」


 ちゃんとジョーンズさんがオーナーにも話を通してくれてたようね。いちおう確認してくれ、なんてジョーンズさんは言ってたけど、自分ですればいいのに。

 そんなにあずささんと顔を合わせたくないのかな。


 それにしても少し気になったが、ああいう店泡のお風呂ってなんとなく、そっち系とかあっち系とかの方々がかかわってるようなイメージがあるんだけど、そのあたりどうなんだろう。


 …………


 ま、俺には直接関係ないか、関わるのはやめておきましょ。藪をつついて蛇を出す必然性はどこにも皆無。恥部をつついて液を出すほうが優しい世界ってもんだ。


「というか、あずささんヒマなんです? アポなしですぐ来れるって」


「おまえ、アタシをタダでなめてんのか? サービス料くらい払ってから言え。きょうはもともと休みだったんだよ。少しでも稼ぐために、手が空いてるときに新人の子の研修を手伝うことになっててな。今、ちょうどその最中だった」


 おお、あずささんが社会人しとる。人生を真面目に生きてれば今ここで真面目に泡仕事する必要もなかったというのに、殊勝なこった。


「あずささんから鬼講師のオーラが出てますな」


「そりゃ、深く考えずに仕事する若い奴らも多いからな。そういうやつらに厳しさを叩きこむため、ビシバシしごくのもアタシの役目だ」


「人生かかってる人の言葉は重いわー」


「やるからには当然だろう。若造がアタシのシゴキにどこまで耐えられるか、見ものだな」


「泡姫やってる人の言葉はエロいわー」


 あずささんが言うとシゴキっていう言葉の意味をはき違えそう。


 しかし、やっぱ小島さんがこういう世界にきたら、おそらくたないことは確信した。肉体的にはともかく精神的には。あの様子じゃかんたんにヘラっちゃいそう。

 やはりまっとうな道を歩んでもらうのがいい、こういう反面教師の姿を焼き付けてもらって。


 世の中、楽に稼げる仕事などないのだよ、慰謝料ぼったくることに姦しても。間違った、関しても。


 …………


 ま、それはそれでいっか。いちおうこれで役者の再確認は終了。


 はてさて、春祭当日はどうなっちゃうんだろうな。

 不安要素はあるにせよ、楽しみだ。

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