ガチで拉致する五秒前

 あ、そういえば、大事なこと忘れてた。

 剣崎さんのところに、水本先輩から渡されたタイムテーブル確定版をファックスしないとならなかったわ。


 というわけで、ジョーンズさんの部屋にあるファックスを借りて送信したら、少しの間をおいて俺のスマホに着信がやってきた。


「はい、上村です」


『剣崎です』


 いや着信やってきた時点でそんなことわかってるんだが、KYOKOさんはこういう時『剣崎』と名乗るほど律儀だったか?


「知ってる。ちょうど空いてる時間だったんか、レス早いな」


『ちょうど事務所に戻ってきたところ、今日はレッスン日だったし。ファックス見たわ、これでいいわよ。迷惑かけたわね』


「合コンのためならお安い御用です」


 お約束のようにそう返す俺の言葉をうけ、ため息を吐くスマホの向こう側の剣崎さんはなんかけだるげ。


『……そこまで合コンに情熱を傾けられるアンタの脳みそがわからないわ』


「ほっとけ。その分期待値が上がることだけは覚悟してほしいんですけど」


『……期待にお応えできるかしら』


「おいどういうこった」


 会話の内容が不穏である。ツッコまずにいられない。


『もう一度言っておくけど、ウチの事務所所属と言っても、知名度のない新人モデルたちよ? 高学歴の男と知り合いたい、なんてふうに将来の保険をかけるような感じだから』


「いやそれは承知してるわ。それでも原液デルモに間違いないだろうが」


『……ゲンエキ、という言葉のニュアンスがなんか違う気がするわね。まあいいわ、それはそれとして。そんなモデルたちが、アタシより美人でかわいいと思う?』


「……」


 不穏の理由を理解。なんつー自意識過剰だ、と一蹴できん。

 いや確かにKYOKOほどの美貌とカリスマ性があれば、たとえ新人でもそれなりに有名にはなってるだろうな。実際KYOKOはデビュー当時から話題になってたわけで。


 俺の協力モチベが下がるような発言をしまったと思ったのか、思わずそこで黙り込んでしまった俺を説得するべく、剣崎さんが続ける。


『ま、まあ、アタシほどじゃなくても、質は一般より上なことは間違いないから、そのあたりは心配しなくても、まあ……』


「……大丈夫ですよ。剣崎さんレベルがそうそういないってことは理解してますし、乗りかけた船を今さら降りるような真似はしませんから。協力は最後までします」


『あ、な、ならいいわ……水着にならなくても、あんたも一応、アタシを美人だとは思ってくれてるのね』


 何を今さらスワティ。

 黙って水着になってりゃ美人、と言った前のやり取りをいまだに根に持ってるんか。


「……自分でもそう思ってるんでしょーに。そりゃこんなこと言うのも今さらですけど、見た目だけはURウルトラレアクラスでしょ、剣崎さんは。そこいらにはいねーレベルですよ」


『そ、そうなの……そうなんだ……』


 中身がCSRクレイジーサイコレズではあるけど。あ、間違ったスペル的にはCSLだ。そうするとCSLRクレイジーサイコレズレアというべきか。


 ……CPLRだな。うん。英語勉強しよう。


 ま、そりゃ見た目ってのも大事だとは思うが、だからといってKYOKOと付き合いたいか、と言われたら否、だし。

 見た目より大事なのはフィーリング(死語)だろう。少なくともクレイジーサイコレズでなければ、付き合ってく上で心労はないはず。


「じゃあ、また細かい変更点があったら連絡しますから」


『う、うん。ありがとね』


「……は?」


『な、なんでもないわ! とにかく、最後まで油断しないでよろしく! じゃ!』


 ブツッ。

 ツー、ツー、ツー。


「……なんなんだ最後のは」


 いきなり切られた。どこにそこまで焦る要素があったのかわからん。


 なんか、らしくねえな、今日の剣崎さん。



 ―・―・―・―・―・―・―



 そうして、しばらくぼーっとしていると、今度はジョーンズさんから電話がかかってきた。


「しもしもー?」


『ザギンでシースー? いやまあその話はあとだ。とりあえずミス・コジマとの話が終わったので雄太にも報告をな』


 おっと、ひょっとすると寿司でもおごってもらえるのだろうか、と思いつつほくほくしてると、それをぶっ飛ばすような変な情報が舞い込んできた。


『聞いて驚け。ミス・コジマの父親は、どうやら反社団体の幹部らしいぞ』


「な、なんだってー!!」


『いいリアクションだ』


 反社団体と聞いて思わず反射でそう言っちまったが、驚いたのは本当だ。

 なーるほど、そういうことなのね。そういう前提で考えれば、小島さんの御母堂が再婚してから、いろいろ家庭的に抑圧されてる理由がわからんでもない。


「いやでもさ、そうなったらガチで厄介じゃない?」


 正直、そういう事情を知ると恐怖感は少なからずある。だが、ジョーンズさんはビビる様子などおくびにも出さない。


『普通ならそうだろうな。まあ、何とかなるさ、話を聞く限りは』


「それガチマジ!?」


『ガチマジのガチムチだ』


 やだ……ジョーンズさんったらイケメソ。抱かれてもいいわ。


『ということで、ミス・コジマに関しては、いちおうウチの会社でいろいろ面倒を見ることは確定だ。細かいことはまだ話せないが、義を見てせざるは勇無きなり、と言われるようなことはしないぞ』


「あざっす。じゃ、小島さんの義兄を制裁することに変更はないのね」


『当然だ。オトナのコネってのはそれなりにあるからな。父親がそうだからといって関係ない、法に触れない程度に追い込もう』


「異論なしですわ」


 小島さんへの同情心がちょっとだけ大きくなった。


 しかし、本当に春祭はとんでもなく忙しくなりそう。

 危険が及ぶようなら、アンジェを来場させるのは阻止したいんだがなあ……



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