NTR後の温度差

 なんかモヤモヤしたまま『Aegi CAFE』に到着。

 マンガ読む気も失せたから、外のオープン席でいいや。


 …………


 そういや、入学してすぐに、ここで暮林さんのオカンと話したっけなあ。

 あれからまだ一か月も経ってないのに、もう六か月くらい経ったような気もする。

 時間軸って不思議だな。


 あの時はただただ俺に申し訳なさそうに土下座をしていたってのに、今の暮林さんはすごい変わり身を見せている。いや、前向きになったってのが正しいのか。


 俺がこの大学に来て、再会したくもなかった木村さん、暮林さん、小島さんに再会したことが、マイオカンの言うように何かしらの意味を持つというのなら。

 少しは俺も前向きになるべきなんだろうか。


 ──はは、らしくねえ。


 ま、俺が前向きになれるとしたら、まずは合コンを終えてからだ。

 暮林さんをあれほど前向きに変えた相手は誰か、なんて、大いなるうぬぼれも込みで考えれば、一人おれしかいないんだよな。


 だからと言って、俺が暮林さんの思いにこたえる義務はない。もっと早く、暮林さんが俺を裏切る前にさっきみたいなことに気づいていれば、相手が誰であれ俺も暮林さんも幸せだったに違いないけど。


 そう、やり直すには、もう遅い──


「あれ? 雄太くん?」


「……んあ?」


「あ、やっぱり! まさか、休日の大学で会えるなんて思わなかった……すごい偶然だね!」


 とりとめのないことを考えている途中で声をかけられ、思わず返事したら。

 振り返った先には、暮林さんがいた。


 言うほどすごい偶然じゃないでしょ。同じ大学に通っていることはすごい偶然と言えるかもしれないけど……


 ……いや、木村さんや小島さんはともかく、暮林さんは俺がこの大学に進学するということを調べたうえで来てるんだった。離れ離れになってから俺の進学先を調査するっていうのも大変なことだったと思うが、よくもそこまでやるよなあ。


 ま、美沙さんがいればそれを調べるくらいお茶の子さいさいだったね、きっと。


「……なんで暮林さんは、休日の大学に?」


 偶然という言葉には触れず、俺はごまかしも兼ねてそう尋ねてみた。


「あ、あのね、実は同じ科の人に、半ば強引に勧誘されてサークルに入らされたんだけど……やっぱり活動に参加する気はないからやめさせてください、って話をするために、大学にきたんだ」


「へえ……サークルの勧誘なんかされてたんだ。美人は得でいいな」


 俺なんかにはお誘いなんてこないっていうのに、見た目がいいとこうも世間では優遇される。理不尽だ。


「……び、美人……?」


「あ」


 やっべ、別に深い意味はないのに変なこと言ったか? 暮林さんが固まってる。


「そ、そう思ってくれてたんだ……」


「いや……まあ、一般的な概念だから気にすんな」


 そりゃ美人とかかわいいとか美しいとか思ってなかったら、中学校時代に口説いたりするわけねえだろ。男なら、誰だって好きになった相手は美人に見えるしかわいいと思うはずだ。


 しかしここで残念なのは、これが俺を裏切って間男とセクロスしてた相手だと思うと、とたんに不細工に見えるし汚く感じるし大嫌いになっちゃうんだよな。ふしぎ!


 まあクルクルバビンチョパペッピポして過去に戻るわけにいかないから、これを覆すのは到底不可能なんだけど。


「そ、そうなんだ。え、えと、なんで雄太くんは大学に?」


「……俺は、春祭の件で、ちょっと用事があって」


 ここでKYOKOこと剣崎さんの固有名詞を出すとちょっとややこしくなりそうだから、濁しておくのが最善か。嘘は言ってないし、いいだろ。


 …………


 覆すのは不可能かもしれないけど、少しだけ暮林さんに対する嫌悪感が減ってきている、気がする。

 今さら遅いと簡単に否定はできるし、普通なら最初から正しい道を選ぶはずではあるけど、暮林さんは間違いを犯したからこそ一番大事なことに気づけたんだよな。


 うん、今の暮林さんなら、もう間違った行動はしないだろうし、相手が誰でも幸せになれるだろう。


 だからこそ。


「そ、そうなんだ。ほんと偶然だね! ね、ねえ、よければ、一緒しても、いいかな?」


 一緒に幸せになる相手は、俺じゃなくてもいいだろうに。

 なんで俺に固執するんだ?


「……ご自由に」


「あ、ありがとう! じゃあ、お邪魔するね。えへへ、嬉しい誤算……」


「……」


 心の中にそんな疑問を抱えてるのに、なぜか俺の口から出た言葉は拒絶の正反対だった。

 自分で自分がわからん。


「……というか、サークルに誘ってきた同じ科のやつって、だれなんだ?」


「え? 真方くん、だよ?」


「……」


 ちょっと待て。ということは、木村さんも同じ……


「あ、でもね、なんかいろいろごちゃごちゃしてた時に無理やり誘われて入っただけだから、一回しかサークルの集まりには顔を出してないの。だから、サークルに誰がいるか詳しく知らないんだ。亜希も誘われて、半ば強引に入らされたんだけど」


「……あ、そう」


 うん、きっと暮林さんがサークルを辞めて安心してるに違いない、BSSRさんは。

 それにしても小島さんも、か。ま、現時点でサークル活動にうつつを抜かす余裕はないだろうから、これもどうでもいい。


「あ、ねえねえ、雄太くん、なに飲んでるの?」


 そう、どうでもいいんだ。


「……マンゴーミルクティーのミルク大盛り、濁点抜きだ」


「そっか……ね、ねえ、同じもの、わたしも頼んでいいかな?」


 暮林さんがそう訊いてきた理由は、以前に『俺の都合だけは考えてくれ』って俺が言ったせいだろうか。


「……俺の許可なんて必要ないだろ。好きなの頼めば」


 別に俺がおごるわけじゃないんだから、ご自由にどうぞ。


「う、うん! すみませーん、注文を……」


 まったく。

 暮林さんは、厚かましいのか奥ゆかしいのか、わからん。


 それだけではちきれんばかりの笑顔になって、何がそんなにうれしいのかも、わからん。





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ちなみに雄太の好きなコーヒーは、違いがわかる男専用『NETRARE HOLD BLEND』でございます。

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