NTR神経衰弱

 さあ、土曜だ。

 ここからは俺の時間だぜヒャッハー!


 ……と思ったのもつかの間のことで。

 なぜか俺は昼を前にして、大学構内の学生自治会室に来ている。


「ちわーす。先ほど連絡した上村でーす」


「おお、待ってたよ!」


 KYOKOさんに命じられ、仕方なしにパシリをさせられてる俺を笑顔で出迎えてくれたのは、春祭実行委員長である水本大樹先輩だった。忘れてる人が大半だとは思うが、俺の学部の新入生歓迎委員長を務めていたあの先輩と同じ人である。


 まったく。

 KYOKOさんもSNSとかやってないからって、電話一本で俺をこき使うことねえじゃねえか。マネージャーさんは何のためにいるんだ。


「……というわけで、出演予定時間を前倒ししてもらえたら都合がいいそうです。あと、これがファックスで送られてきたものです」


「おう、ありがとう上村君! いやー助かったよ、今日の打ち合わせをドタキャンされたときはどうなるかと思ったが……まさかこの大学にKYOKOの友人がいるとは思いもしなかった」


「いや友人ではないんですけど決して」


「そうなのか? でもKYOKO本人と連絡がつけられるというのは、ある意味ただの友人以上な気もするぞ」


「……単に同郷の顔見知りってだけっすよ。連絡先も知りたくて知ったわけじゃないし」


「ん、まあ個人のプライバシーにかかわることを追及するのはやめるな、すまない……ということは、KYOKOの出番も一時間早めたほうがいいか……? ええと、悪いんだが上村君。今タイムテーブルを作り直してみるから、そうだな、一時間後くらいにまた顔を出してくれないか? PAなどセッティングも前倒しにしなければならないから、いろいろ調整しないと」


 水本先輩は、やる気に満ちあふれているようだ。

 打ち合わせドタキャンされただけでなく、人伝にこんな面倒な変更とか要求されたらキレ散らかしてもおかしくはないはずなんだが、そんな様子はみじんもない。

 これも芸能人パワーかな。


「わかりました、じゃあ一時間後にまた顔出しに来ます」


「おう、悪いな。じゃあまたあとで」


 ま、なんも予定はなかったから、別に俺は構わないけどさ。

 さて、一時間ほどどうやって時間をつぶすか考えなくちゃならないわけだけど。


 ……そういや、土曜でも大学構内の喫茶店は営業してるんだった。『Aegi CAFE』にでも行って、置いてある漫画でも読んでりゃ一時間なんてすぐだろ。


 そうと決まればさっそく、というわけで俺は『Aegi CAFE』へ向かったのだが。


 その途中で偶然、サークル棟の裏に、男女が向かうのが目に入った。

 男のほうに見覚えはないが、女のほうは。


「……暮林、さん……?」


 やべ、聞こえちまったか? と少し慌てたが、陰で見ていた俺に気づく様子はない。どうやら杞憂だったようだ。


 しかし、わざわざサークル棟の裏という人気のないところに向かう一組の男女、しかもその一人はなんだかんだ言っても見た目がやらしい、いや可愛い女子の上級クラスにいる暮林さん。


 こ・れ・は! ひょっとすると告白か? そしてヘタすりゃそのままおっ始まるんじゃね?


 などとありえないはずのことをついつい考えてしまった俺は、気づかれないように後を追う。


「……暮林さん。もし今付き合ってる彼氏がいないなら、僕と付き合ってくれませんか? ひとめ見たときから、いいなあって思ってたんだ」


 おお、やっぱり。

 かすかに聞こえてくる言葉は、予想通りの内容。しかも男のほうは知らないやつだが、なかなかのイケメソだ。

 あのくらいイケメソなら、きっと人生も楽しかろう。よく考えたら奥津もわりと顔が整ってた方だし、あのイケメソ、わりと暮林さんが好きそうなタイプかも。知らんけど。


 …………


 待てよ。

 ここで暮林さんが承諾して、晴れて一組のカポーが出来上がれば。

 さすがに彼氏持ちの女と俺がデートするわけにはいかんもん、『交換条件:KYOKOと話す代わりにデート』の話は立ち消えになるんじゃね?


 よっしゃ、がんばれイケメソだけどモブAくん! 俺は全力でキミを応援する……


「ごめんなさい。あなたとは、お付き合いできません」


 ……へっ?


 まさかの秒殺。握りしめた俺のこぶしはどうすれば。

 というか不審者のように覗きながらエキサイティングなポーズをとってる時点ですごく間抜けな俺。


 当然ながら俺に出歯亀されてると気づかない二人は、なおも会話を続ける。


「……そっか。僕じゃダメな理由を聞かせてもらっても?」


「好きな人が、います」


「彼氏では……ないの?」


「ふふ……彼氏になってくれたら、いいんですけどね。たぶん難しいんじゃ、ないかなあ……」


 意味深な笑いとともにそう言う暮林さんに、男のほうが一瞬ひるんだ。


「じゃ、じゃあ、僕でいいじゃない! 僕、絶対に暮林さんのこと、誰よりも大事にするよ!」


 が、男は引かない。うんうん、正解だ。中学時代、まだ奥津に気持ちがあった暮林さんを俺が口説いたときも、ちょっと抵抗したら折れたもんな。きっと今回もそんな展開が……


「そんな失礼なこと、できません」


「……失礼?」


「はい。本当に好きな人がいるのに、その気持ちをごまかして別の人と付き合うなんて、その人も笹原ささはら君も馬鹿にしているような行動じゃないですか」


 ……あれ? おかしいな、なんか思ってたのとちがーう。ユーコピー?


 押しにも押し倒しにも弱い非処女の暮林さんがまさかこんなにはっきりと拒絶の意思を示すとは、海のリ〇クさんどころか徐庶でも処女でも見抜けねえよ。


「他人を裏切ると、不幸がやってくるだけです。だからわたしは、もう誰も裏切らないと誓いました。もちろん自分も、自分の気持ちも裏切りません。叶わなくてもいい、報われなくてもいい、でも自分の気持ちに嘘はつかない、って、そう決めましたから」


「……そっか。ありがとうね、暮林さん」


 おいおいおいそこで引くのかよー!! 笹原君(仮)、男ならガバッと行けガバッと!!


「いいえ、こんなわたしに、そのように言ってもらえて、嬉しかったです」


「……その人と、うまくいくといいね」


「はい。わたしは今日でサークルを辞めますが、今までありがとうございました。笹原君にも、幸せが訪れますよう、願ってます」


 ……えええ。暮林さん、まだ大学始まって一か月も経ってないというのにサークルを辞めるだと? いったい何の決意表明だ?


 …………


 なんか、毒気を抜かれた。この場から去るが吉、サルはキチ〇イ、だな。

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