カボチャぱんつの罠

「……じゃ、俺はそろそろ自治会室へ向かう」


 なんと言うか、一方的にとりとめのない話をされながら、暮林さんとの時間は過ぎていた。


「あ、も、もうそんな時間なんだね。早いね、時間が過ぎるのって」


 早いか?

 俺はいちいち相槌を打つのすら面倒になって、最後のほうは適当に聞き流していたから結構苦痛だったけどな。


 まあいいや。なにか余計なことは言わないでおこう。


「じゃあ」


「あ、う、うん、またね。今日は一緒してくれてありがと」


「……別に」


 なんか、アンジェみたいな言い方しちまったな、などと思いつつ。

 そのまま俺は席を立ち、つかつかと自治会室へ向かって歩き始める。


 だが、暮林さんの声で引き留められた。


「雄太くん!」


「……なに?」


「楽しみに、してるから」


「……」


 何を楽しみにしてるのか、聞き返してやろうかと思ったが、やめた。

 そのかわり、めんどくさそうに暮林さんのほうへと振り向いたはいいが、どういう顔をすればいいのかわからなくなる。

 その約束は、俺にとっては義務みたいなものでしかないからだ。


 せめて中学時代なら、とか、奥津に寝取られる前なら、とか。

 そんな気持ちがあることは間違いないけれど。


 …………


 お笑いだな。

 あれほどひどい裏切りをされておきながら、なんで俺はそんなことを考えてる。

 あの傷は簡単に癒えるものではない。簡単に許せる罪でもない。


 それでも。

 絶対に許せない、から、どうやったら許せるのか、なんていうふうに考えが変わってる自分がいることが、一番の驚きだ。


 ──やっぱり、大学で再会すべきじゃなかったのかもしれない。


 俺は、何も答えずに、無言で暮林さんのもとを去る。

 暮林さんは何か言ってほしかったのだろうか、ただ、そこから動かなかった。


 何が何だか、自分のことが一番わからん。



 ―・―・―・―・―・―・―



「じゃあ、すまないが上村君、このタイムテーブルで進めて大丈夫か、KYOKOサイドに確認だけとってくれ」


「りょーかいしましたー。じゃあ失礼します」


 一時間後、きっちりと水本先輩はタイムテーブルを完成させてた。この先輩みたいな人のことを有能、っていうんだろうな。

 いちおう自分に課せられた使命を果たした俺は、大学の学生自治室を後にする。


 さて、とりあえずあとは連絡を……ん?


 その時、スマホに届いたメッセージ。アンジェからか。

 今日は土曜日だから、こんな時間にメッセージよこしてもおかしくはないんだが、いったい何だろう……


『かわいいカボチャぱんつを入手したよ。春祭の時、楽しみにしててね』


 ……はあ。頭痛い。


 まさかとは思うが、この前俺が『フェイバリットはカボチャぱんつだ』なんて言ったから、それを真に受けてんのか?


『それはよかったな、どんなやつだ?』


 おざなりで俺はメッセージを返す。

 正直カボチャぱんつに興味はないが、アンジェがひもパンコレクションとかに走るよりこっちのほうがチューボーらしくて健全なのは間違いないからな、それはそれで。


 さて、いったん帰ろう。

 そう決意して大学の門を出たあたりで、またもやアンジェからメッセージが届いた。


『こんなのだよー。ねえねえ、オトナっぽいでしょ?』


「ぶっ!」


 添付されてた画像を見て、俺は軽く吹き出す。

 というかいくら兄相手だからって、カボチャぱんつ一丁の姿の自撮りを軽々しく送ってくるな。しかも三枚も。いや大事なところは確かに隠されてはいるんだが。


 こんなのを見ちゃうとさ。

 アンジェがインターネットの中に潜む悪い男に騙されて、こんなのよりもっときわどい自撮りをたくさん送っちゃうような未来、いや悪夢もセットで見えてくるじゃねえか。


『こんな自撮り考えなしに送ってくるな!』


『お兄ちゃん以外に送るわけないでしょ』


『だからってわざわざ穿いてるところを撮って送ってくる必要ないだろ!』


『お兄ちゃんに見てもらうために買ったんだもん、そりゃ送るよ』


 何考えてやがる。

 せめてアンジェだけには清いままでいてほしいという兄の願いはかなわないのか。


 …………


 しかたない。兄として、こんなことを簡単にしないよう言いくるめよう。


『残念だがアンジェ。大人の女ってのは、勝負下着は直接見せて驚かせるのが基本だから、こういう自撮りは簡単に見せないんだぞ』


『え゛』


『それに、たとえ見せるにしても、そんなにあけっぴろげに見せたりしない。じらしてじらしてなかなか見せないもんだ。そのほうが、見れたとき感動するだろう?』


『・・・』


 おお、なにやらアンジェが悩んでおるよ。


『消して。記憶から消去して。忘れて。お兄ちゃんは何も見なかった。いい?』


 ハイ成功。ダメ押ししとくか。


『わかった。アンジェは何も送らなかった、俺は何も見なかった、ということで。いいかアンジェ、オトナの女ってのは自分を安売りしないもんだ。二度とあんな自撮りを他人に送るんじゃないぞ』


『うん、お兄ちゃん以外には、死んでも送らない』


 俺にも送るな、と言いたいところだが、いちおう教育的指導は完了。

 頼むからアンジェは天使のままでいてくれ。俺の心が持たない。


 …………


 まあ、そのうちアンジェにも、俺なんかにかまっていられなくなるくらい好きな男ができる日が来るんだろうけどな。


 …………


 そう思うとなんかさみしい、兄として。


 ああ、なんか気分を紛らわすために、街にでも遊びに行こうかな。

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