時給時即
今日も大学はつまらん。
入学したばっかりでこれって相当ヤバいんじゃないのか俺。
将来特にしたいことなんてないから、消去法で経済学部を選んだわけだけどさ。
こういう決め方も迷惑なことこの上ないな、真面目に学ぼうとしている人からすれば。
ま、単位だけはとらなあかんわな。留年とかしたらオカンに殺されそうだし。
というわけで、講義室移動のために学生課の前までくると。
「……やっぱり、家庭教師、かな……でも、時給換算でも、あの仕事の半分以下……」
アルバイト情報の掲示板前でひとり、ぶつぶつ言っている小島さんが目に入った。
特に話すことなんてないからスルーしとこう、と素通り準備をしたら。
「……あ、雄太……」
これだから勘のいいビッチは嫌いだよ。
なんでそこで突然振り向いて俺のほうを向くんだ。俺から雑念でも飛んでたか? もしそうだとしたらすげえ敏感なアンテナ持ってんな、性感は不能なくせに。
ちっ。
「ぼっちの悪い癖だな、小島さん。独り言ぶつぶつ言うの、はたから見たらけっこう不気味だからやめた方がいいぞ。近寄りがたくなってますますぼっちが加速しちゃうじゃねえか」
というわけで憎まれ口発動。何かにつけ、ひとこと多い俺だが、性格はそうそう矯正できん。
「……別に、友達なんかいなくてもいいし」
「あっそ」
嘘である。ぼっちなの、高校時代は結構気にしてなかったか?
小島さん、見た目ギャルっぽいのに一匹狼、ってのも不思議な組み合わせだけどさ。陰キャギャル。
しかし、今日はさびれた色の髪がややつやつやしているように思う。暮林家で保護されて、少しは気持ちがオチついたのかね。
「でもやっぱり、一気に稼げるならその方がいいかな……まる一日働いて十二万五千円だったら、二日寝ないで働けばそれだけで一か月暮らせるし……」
まーだ例の夜のお仕事のことを忘れられないのか。世間一般の常識もない不感症の加護持ち人間がフーゾクなんてやるの、ただの自殺行為じゃねえか。
なんだかんだ言って世間知らずなのかもしれん、小島さんは。
「ひとりごとだとしても悪いこと言わんからやめとけ。仮にも水商売するつもりなら、風営法の縛りをもう少し勉強しろっての。つーかバイト探しか?」
「……ん。いつまでも美衣のところにお邪魔するわけにはいかないし」
まあそりゃそうだな。さすがにそこまで厚かましくないか。
おまけにもし制裁したあと、家族から離れて自立生活するはめになるならば、ひょっとするとアパート探しなんかも必要になるときが来るかもしれんから。
小島さんが自立してちゃんと生きていけるのか? って疑問はあるにせよ。
…………
うーむ、小島さんの義兄が間男だった、ってのはもうほぼ確定ではあるけど。
追い込みかけた結果小島家が崩壊したら、小島さんは良いとばっちりを食らってしまう立場だわな。
ちょっと、相談しとくか……
―・―・―・―・―・―・―
というわけで。
夜、となりに住むジョーンズ叔父さんに相談してみた。もちろん小島さんの事情を軽く説明したうえで。
「……なるほど。確かに、その話を聞く限りでは、そのアキという間男妹も被害者ではあるな……」
「いちおう共通の犠牲者でもあるしね。ま、俺を裏切ったことに関してはいまだに許せないところもあるけど……」
「けど、なんだ?」
「正直、俺は本当に自殺しようなんて、思ったこともなかったんだよ」
「……そうか」
俺の発言から、ジョーンズさんは小島さんが過去に自殺未遂したことを察したらしい。
俺にはアンジェやオカン、そしてジョーンズさんという、信頼できて俺を慰めてくれる家族や親族がいた。
しかし小島さんはどうだ。本来は信頼できるはずの家族自体が、小島さんを追い詰めてる。おそらくは小島さんの事情を知っている実の母親ですら小島さんを助けようとしてない。
これじゃ、小島さんも病むに決まってるわ。どういう事情があるかは詳しく知らんから断言できない部分もあるにしても、小島さんの母親も有罪だろ。
…………
俺も結構甘いな。俺を裏切った女を同情するとか、二年前では考えられない。
ま、いっか。
「だからね。もし間男を追い詰めて、その結果家庭崩壊しちゃったら小島さんも路頭に迷う可能性あるんだよね。へたすりゃ泡堕ちとか。それはなんとか……」
「ふむ……ならば、そのアキって娘に、ワイの会社で働いてもらうっていうのも、一つの手だな」
「……あ」
「もしも路頭に迷わせたくないというならば、だがな。住むところまで失いそうであれば、このアパートを会社の寮扱いにしてもいい。ワイも仕事の都合上、さすがにいつまでもここに住むわけにいかないから」
なるほど、そういう手があったか。
ま、ジョーンズさんの仕事がどういうものかまだよく知らないけど、少なくともフーゾクよりはまっとうな仕事ではあるだろう。
…………
でも、もしそうなって小島さんが隣に住んだら、正直落ち着かなくてひとりえっちするのも憚られるような……いやさすがにひとりでするときに名前連呼はせんけど。
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