ようじょの父親

 またもや週末がやってきた。春祭まであと二週間である。

 ジョーンズさんの準備は着々と進んでいることを確認しつつ、他の要素──暮林さんや小島さんのことなど──を、どうしてくれようか考えながらほてほてと大学までの道のりを歩く。


 しかし、大学生活ってこんなに濃いもんだったのか、と改めて思うわ。あくまで勉強以外の件でだが。

 なんか今まで生きてきた分の反動がここ一か月にも満たないくらいで全部出てきた気がする。


 今が俺の転換期、なのかもしれない。


 ま、それがいやだとかそういうわけじゃなくて、単にトラウマをよみがえらせてくれるような出来事から逃げられなかっただけか。自分から首をつっこんだようなところもあるけど。


 さて、やることだけは整理してみよう。


 まずは、小島さんの義兄である間男の制裁。これは必須だ。


 あとは、それに関しての小島さんの保護。自分の知ってる人間が、ぷらーんぷらーんやスプラッタを伴う冥界へのボンボヤージュを阻止するために。


 そして、一番の優先事項は、輝かしい容姿を持つモデルさんとの合コンを成し遂げるため、春祭でやってくるKYOKOこと剣崎さんを暮林さんに会わせて、二人が話をできる状況にもちこむこと。


 そしてそのためには、不本意ではあるが暮林さんとデート(仮)をしなければならないこと。


 ……この辺は正直気が重い。が、まあ暮林さんのオカンである美沙さんとジョーンズさんはビジネスパートナーでもあるようだし、そのあたりを考えるとあまり邪険にもできないから、適当に付き合うだけでいいか。べつに突き合えって言ってるわけじゃないし、そういう展開になったら全力で拒否させてもらうけども。


 残りは、アンジェのしつけだ。

 あのままだとKKKと同様、性女への道をまっしぐらな可能性が出てきた。これだけは何としても阻止しないと、俺の神経がもたないことうけあい。

 しかも以前よりも俺に対する依存度がマシマシになってる気もする。いいかげんアンジェも気の置けない同性の友人を作って、それなりに楽しいJCライフを送ってほしいものだが。


 ……わりとてんこ盛りだな。ひとつひとつ片付けていくしかないか。


 そんなことをいろいろ考えていたら、あっという間に本日の講義全終了時間を迎えていた。



 ―・―・―・―・―・―・―



 なんとなく今後のことを考え、焦燥感に近いものを抱いてしまった俺は、講義が終わってから素直に自宅に帰る気になれなかった。

 というわけで、なぜか電器店へと向かっている。


 いやだってさ、家電って見てて面白くない?

 しかもまだ、一人暮らしであると便利なものも揃ってないしさ。


 ……俺は誰に言い訳してるんだろう。


 脳内ひとり劇場がちょっと恥ずかしくなって、咳払いで自分をごまかしてから、駅を出て電器店へ向かう途中。

 思わぬ再会があった。


「おにいたーーーーん!!」


「……ん?」


 ぽすっ、と音を立てて、なにか小さな生き物が俺の脚に突撃してくる。

 というか、こっちへ引っ越してきて間もない俺をそう呼ぶようじょは、一人しかいない。


「ゆきちゃん!?」


「えへへ、やっぱりおにいたんだぁ……」


 おお、ようじょが俺のごつい太ももに頬をすりすりしている。ある意味ご褒美だ、癒し的な意味で。イヤラシ的な意味だと通報強制連行待ったなしだがな。

 しかし、なんで俺はこんなにもゆきちゃんになつかれているのだろうか。わからん。


「こらゆき! とつぜん駆け出して転んだら危ないでしょう……って、あら? ええと……上村さん?」


「あ、木村さん。こんにちは」


 当然ながら、ゆきちゃんと一緒に来ていたばーばさんが後を追って俺のところまでやってくる。

 えーと、名前は確か……久美さん、だったっけ?



 …………


 ……



 しかしようじょってすげえな。

 さっきまで感じてた焦燥感みたいなものが、ゆきちゃんとの遭遇で全部すっとんでったんだわ。こんなかわいい生き物を嫌う親がいるとか、世の中は間違ってる。


 ま、自分になついてくれないようじょにここまで癒されたりはしないとしても。


「ふふ。優希は……本当におにいたんのことが大好きなんですね」


 おねだりされたので、久美さんに許可を得て、ゆきちゃんを肩車しながら電器店まで向かうことにした。軽く世間話も交えて。


「この辺りに住んでらっしゃるんですか?」


 おおはしゃぎのゆきちゃんにほっこりしながら、久美さんにそう訊いてみる。


「……ええ。保育園まで、優希を迎えに行った帰りでして」


「そうでしたか。まあ、うれしい偶然でした。ね、ゆきちゃん」


 聞く人が違えば怪しく聞こえる俺のセリフだが、やましいところは一切ない。

 それを理解してくれたか、久美さんがぎこちなく笑いつつ俺のほうを向いた。


「……そう言ってもらえると、優希も喜びます」


「うん! ゆき、おにいたん、だーいすきだもん!」


「そっか。おにいちゃんもゆきちゃんがだいすきだよ。ありがとね」


 ようじょだろうが誰だろうが、大好きと言われてうれしくないはずがない。

 だから。


「……あ! おにいたん! ゆき、あれにのってみたーい!」


「お。ザトちゃんの乗り物か。よし、おにいたんがおごってやろう!」


「やったー!!」


 とちゅうに通ったドラッグストアの前に置いてある、某製薬会社のゾウの乗り物で遊ぶことをおねだりされたら、ふつうは許しちゃうだろ?


「上村さん、それは申し訳ないで……」


「いやいや、たかだか三十円くらいじゃないですか。それでゆきちゃんが喜んでくれるなら十回でも二十回でも」


「……ありがとう、ございます……」


 はしゃぐゆきちゃんのわきで、久美さんは三十円程度に見合わない申し訳なさを醸し出している。なぜそんなに? とは思ったが、まあわざわざ聞く必要もないだろう。


 というわけで、ゆきちゃんをゾウの乗り物に乗せ、俺と久美さんは少し離れたところから見守ることにした。


「きゃははっ!!」


 まるで遊園地のメリーゴーランドに乗っているときのように、大はしゃぎでゆきちゃんは俺たち二人に手を振ってくる。ほほえま。


 しかしそのとき。


「……優希はきっと、あなたに父親のような何かを感じているのかもしれませんね」


「は?」


「あの子には……父親が、いないんです。私たちも、優希を寂しがらせないようにって思って、いろいろと頑張ってはいるんですが」


 うわ、重い話キタコレ。以前、母親はゆきちゃんを嫌ってる、みたいなことは聞いたけどさ。

 でもまあ、久美さんはそれも聞いてほしいのかもしれない。乗っておくか。


「……お亡くなりに、なったんですか?」


「いえ、だれだかわからないんです」


「……はい?」


 俺は思わず固まった。下半身じゃなく上半身のほうがな。

 なんという衝撃発言。やべえ、判断間違えて地雷だっふんだか?

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