閑話:ウチの中学にはお姫様がいる(アンジェのお話)

 アンジェのクラスメイト(モブ)の話です。名前はまだありません。

 アンジェ分が足りないとおしかりを受けたので、以前遊びで書いたものを手直しして更新します。


 ※本編と毛色が全く違うのでご注意ください。



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 ウチの中学校には、お姫様がいる。

 いや、お姫様も裸足で逃げ出すほどの美貌かもしれない。


 朝の登校時。

 遠目からでもわかる、鮮やかな金髪を見つけて、わたしは駆け足で近寄った。


「上村さん、おはよう!」


「……おはよ」


 後ろから声をかけられたにもかかわらず、振り向きもしない上村さん。

 だけど、彼女があいさつをまともに返してくれる相手はとても少ないので、「おはよう」と言ってくれるだけでわたしは満足だ。


 この同級生は、上村アンジェリーナさん。相変わらず、中学生にあるまじき美人だ。

 そして、地毛が金色というだけでも目立つというのに、彼女は神秘的なオッドアイの持ち主でもある。

 中学生が妄想をこじらせて書いたファンタジー小説に出てきそうなくらいの容姿は、憧れとかそういうのを通り越して突き抜けてた。


 そんな人の横に、わたしは並んで歩く。



 ―・―・―・―・―・―・―



 なんの面白みも感じられない、このお嬢様中学に転校してきたとき。

 後ろの端っこという、普通は目が届かない教室の片隅にあった彼女の席。


 そこだけが異世界だった。


 だけど、間違いなく見た目だけでトップカーストに君臨できるであろう彼女は、クラスメイトなどには興味がなかったらしく。

 ずっと、一人でスマホを見ていることが多かった。


 それを、話しかけたそうに遠巻きに眺める人と、妬ましそうな目でにらむ人。

 クラスメイト達は、そんな二つに分けられているように思える。


 ちなみにわたしは、もちろん前者だ。


「一年の二学期に編入してきてから、上村さんはあんな感じなの」


 親切な誰かにそう教えられ、同じ転校生でもわたしとはえらい違いだな、とため息をつく。

 なんの特徴もない転校生が、まるでお姫様みたいな彼女に話しかけることなど、気後れしてできるわけもないから。


 そうして、転校後、なかなかクラスになじめないまま二週間がたったころの放課後。

 わたしは、クラスカースト上位に位置するであろう、尾田美穂おだみほさんとその取り巻きらしき友人たちに呼び出され、文化棟の階段下で囲まれていた。


 わたしみたいな気が強くない転校生は、いじめのターゲットにぴったりだったのだろう。それまでも嫌な空気は感じていたけれど、まさかこんなふうにあからさまにいじめをしてくるとは、お嬢様中学といえど、しょせんどこも同じだ。


「あの……? わたし、なにかこうやって囲まれるようなこと、したんでしょうか?」


 こういう輩は、結局気が弱くて逆らえなさそうな何の非もない弱者を理由もなくいじめるのだから、無駄だとは思うがそう尋ねてみる。


「あー……あんたさ、見てるとなんかむかつくんだよねえ」


「そうそう。いっつもおどおどしちゃってさ」


 ほらやっぱり。質が悪い。

 とはいっても多勢に無勢。ヘタに逆らったら火に油を注ぐことになりそうなので、抵抗はしないでおとなしくする。


「おまけに、あんたいっつもチラチラと上村のほうばっかり見てるでしょ。あんな見ためだけのクソ女と『仲良くしたいです』みたいな視線を送る態度、ほーんとむかつくわ」


「ぎゃはは、クソ女同士で仲良くしたいなんて、うけるわー」


 しかし、反論しなかったせいか、なぜか尾田さんは饒舌だ。

 そしてその口から、本心も明らかになる。


 ──なんだ、上村さんの美しさに嫉妬しているだけか。心まで汚いなんて、救いようないなあ。


 ただただ呆れたけど、転校してきて仲のいい友達すらまだいないわたしが、ここで逆らうこともできない。

 というわけで軽蔑を少しだけ乗せて、尾田さんのほうを無言でにらんだら。


「……何よその目、アンタ、あたしをなめてんの? そんなにいじめられたいの?」


 さすが、性格がねじ曲がってるせいか、視線で軽蔑されるということには敏感らしい。


「ふざけんなよ、てめえ」


「これはいじめられても仕方ないねー、そんな態度だからこれからいじめられるんだよ、全部オマエが悪い」


 尾田さんと取り巻きたちがどんどん図に乗っていく。いじめるほうのムチャな理論ではあるが、その時のわたしはただただ顔を蒼白くさせることしかできなかった。


「ぎゃはは、いじめられるやつってのはそうなる理由があるんだよ、おまえはこれから奴隷決定な?」


「楽しみにしてろよ、地獄が待ってるぞ?」


「か、勘弁してもらえませんか……?」


「おまえが悪いのに何言ってんだバーカ。そうだな、いじめないでほしけりゃ、スカートとパンツ脱いでオ〇ニーでも始めろよ、録画のおまけつきで。そうしたら許してやるよ」


 ──あ、これ詰んだかも。


 そう思ったその時。


「……はい、いじめの現場、録画完了」


 天使の声が後ろから聞こえた。


「げっ! 上村!?」


「尾田さん。あなた、まだこんなこと懲りずにやってるの? そんなに大勢でよってたかって誰かをいじめて何が楽しいのか、わたしには限界突破した史上まれに見るレベルの激レアバカの考えることはわからないわ」


 冷たくて鋭い声。でも今のわたしにはこれ以上なく優しく響く声。

 スマホを掲げながら、一歩一歩近づいてくる上村さんに気圧され、尾田さんたちは全員固まる。


「う、うるせえよ! おまえのほうからやっちゃうぞ!?」


「やる? 何を? 懲りもせず、あなたのお兄さんの威を借りて脅しをかけること?」


「なっ……」


「ああ、そういえば自分より強い人間にボコボコにされそうになって、逃げようと道路に飛び出したところを車に轢かれたどこかのマヌケなクズお兄さんは、まだこの世に存在してるの? あのまま死んでれば地球温暖化防止に貢献出来てたのに」


 格が違う。というか腹の据わり方が違う。役者が違う。

 冷気をまとった上村さんに、もう尾田さんは押されっぱなしだ。


 なんでここに上村さんがいるのかはわからないけど。


「う、うるせえ! 誰のせいだと思ってんだ、殺すぞオマエ!!」


 追い詰められた尾田さんは、とんでもないセリフを口にした。

 小物感満載で失笑しそうになるが、その言葉を聞いた上村さんは何も言わずスマホをしまい、階段下にあった消火器を両手で掲げる。


 何をするのかと思いきや。


「……あっそ」


 ドカーン!!


 上村さんは、その消火器を尾田さんの脳天めがけて振り下ろした。

 間一髪で尾田さんは直撃を避け、床に落ちた消火器がとんでもない衝撃音を立てた。


「な、な、なにすんだいきなり!!」


「なんで避けるのよ。脳天直撃してたら、苦しまずにあなたのお兄さんと同じ冥土に行けたのに」


「兄貴もアタシも勝手に殺すな!! というかあたしを殺す気か!!」


「先に殺すって言ったのは誰なの?」


 うわぁ。

 あれ、尾田さんが避けてなかったら、本当に上村さんが殺人犯になってたよ。

 というか上村さんの目がすごい。完全に覚悟を決めた人の目だ。


 こんな目をした人に、こそこそいじめをするような尾田さんが敵うわけない。


「しょうがないなあ、今度は確実に冥土に送ってあげるわね。避けないでよ」


「ひ、ひっ!!」


 上村さんが再度消火器を掲げる前に、尾田さんたちは逃げ出していった。


 そうして、そこに残されたわたしは。


「……助けていただき、あ、ありがとう、ございます……」


 多少気まずいまま、なぜか敬語で、上村さんに感謝の気持ちを伝えたのだが。

 聞こえているのかいないのか、上村さんは消火器を元の場所に無言のまま戻して、わたしのほうなど見ようともしなかった。

 それがなんとなくモヤっとして、わたしはもう一度、今度は少し大きな声で上村さんに話しかける。


「でもなんで、上村さんがここに?」


「……たまたま、よ」


「……」


 たまたま? 

 何の用事もないであろう、放課後の文化棟に?

 しかもこれ以上ないタイミングで?


「……ははっ」


 嬉しくて、思わず笑い声が出た。

 きっと上村さんは、尾田さんたちに呼び出されたわたしを案じてきてくれたのだろう。


 ──やっぱ天使。間違いない。


「……今ひどい目に遭いそうだったというのに、何がおかしいのよあなたは。そんな余裕があるなら、刺し違える覚悟くらい持っておいたらいいんじゃない? ああいうバカに弱気でいると、やることがどんどんエスカレートするんだから」


「う、うん」


 強い言葉だ。まさしく、ファンタジーに出てくるお姫様のような強さ。


 彼女は、最初からここまで強かったのだろうか。それとも、強くならざるを得なかったのだろうか。

 ひょっとして、誰かに、強くなるということを教えてもらったのだろうか。


 ──そしてそれを、わたしへと教えようとしてくれたのだろうか。


 上村さんに対する興味が、ますます沸いてくる。


「……そういえば、あなた、転校生だったわよね。悪いけど名前おぼえてないわ。なんていうの?」


「えっ」


 転校して二週間もたつのに、いまだに転校生としか認識されてない上村さんの言葉が少しショックだったのはともかく。


 あの上村さんが。

 わたしの知る限り、他人と仲良さげに話などしない上村さんが、わたしの名前を訊いてくれた。

 

 わたしに興味を持ってくれた。


 それだけで、予感が膨れ上がる。


「ええと、わたしの名前は──」


 きっと、上村さんと、友達になれる。そんな都合のいい予感が。



 ―・―・―・―・―・―・―



 転校してきて一年がたつ。

 少しは上村さんと仲良くなれたのかとは思うが、こうやって並んで学校へと歩くときは、だいたいお互いに無言か、わたしが一方的にしゃべって上村さんが適当に受け流す。そんなことばかりだった。


 けど今日は、上村さんのほうから話しかけてきてくれた。


「……ちょっと、聞きたいことがあるんだけど」


 それだけでうれしくなったわたしは。


「うん! 何でも聞いてくれていいよ! なにかな?」


 何も考えずそう答えてしまうのだが。


「……そう。じゃあ、遠慮なく聞くけど。男の人のテンションが上がるようなカボチャぱんつがどういうものか、知ってる?」


「……」


 知りません。ごめんなさい。

 そう心の中で謝罪して。


 お姫様っていうのは奥が深いなあ……と、わたしは改めて思うのだった。

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