そういやこいつらもいた

「……じゃあ、俺は帰る」


 そう宣言して、了解も得ずに俺は暮林さんの部屋を出る。


 すると。


「……え? 雄太?」


「あ」


 出た廊下でばったり、小島さんと遭遇した。

 そういや小島さんもこの家に同居してるんだったっけ。なんかいろいろ考えることがありすぎて頭から飛んでた。


「ま、待って雄太くん! まだいろいろと……」


「……美衣?」


「あ、亜希?」


 そして俺のあとを追って出てきた暮林さんも、小島さんをみて足を止める。

 少しばかり視線が交錯した。


「ま、まさか、雄太、美衣とご休憩を……?」


「うん、そのご休憩の言葉のニュアンスが微妙に間違ってる気がするなあ」


 小島さんは小島さんで相も変わらず。ま、落ち込んで自暴自棄になられるよりはいい。

 さっさと退散するか。三十六計逃げるに如かず。


「じゃ、俺は行く」


「え、ま、待って雄太くん! もう少し……」


「ごめんな、もう(心が)限界なんだ。じゃあ行くわ」


「じゃ、じゃあ、一緒に行こうよ! わたしもコンビニに買い物あるし!」


「……」


 やたらと俺を引き留めようとする暮林さんのわきで、小島さんは神妙な顔つきだ。


「一緒にイこうとする女をほっといて自分勝手にイクのね……でも、雄太なら……許せる?」


 ……まーた空耳スキルこじらせてやがんな、コジマだけに。ま、無害だからほっとく。


 その後、とりあえず暮林さんを無下にもできないので、仕方なしにコンビニまでは一緒に行ったが。なかなか俺から離れてくれなかったのは困った。

 このままじゃ、ぜったい小島さんにバレそう。いや、嬉々として一緒に出掛けることを小島さんに自慢しそう、今の暮林さんなら。


 早まったかなと思っても後の祭りなわけで。


「……春祭までは我慢だ。それさえ済めば、すべて終わるはず」


 自宅まで戻る道中、何度そう自分に言い聞かせたことだろうか。


 ま、ほだされることはないはずだ。そうなりそうなら、昔のことを思い出せばいいだけの話だから。



 ―・―・―・―・―・―・―



 入学したばかりで、本来ならもっといろいろ一生懸命にならなければならないはずなのに、なぜかやる気の出ない大学生活。

 そんな中、真方くんが講義終了後、俺に近寄って話しかけてきた。


「上村君、キミ、木村愛莉さんと同じ中学校だったって本当なの?」


 ある意味ぶしつけな聞き方ではある。


「……いちおうそうだけど。誰から聞いたの?」


「この前、木村さんと話してたとき、オナチューだったって言葉が聞こえてきたから」


 盗み聞きされてたのか。というかあのとき真方くんが近くにいたなんて全く気付いてなかった。油断できねえ。


「……それがどうかした?」


「いやさ、それで確認したいんだけどね」


 そこで真方くんが俺の耳元に唇を寄せてくる。大きな声で堂々と聞けない内容なのだろう、とはそこで理解したが。


(木村さんって、お願いすればだれにでもやらせてくれるビッチだったって、本当なの?)


 何と答えていいかわからない質問だったので、俺は思わず真方くんから距離をとってにらんでしまった。


「……なんでそんなことを訊いてくる?」


「あ、いや、なんかそういううわさが一部で立ってたからさ」


「誰だよそんな噂立てたのは」


「うーん? 実は木村さんと同じサークルなんだけど、そこから聞いた話だからよくはわからないなあ」


 そんな噂の出どころなど真方くんにはわかるわけもないだろうが、聞き返さずにはいられなかった。

 わざわざ俺に聞いてくるあたり、何かの悪意みたいなものがあるとしか思えない。にらんでしまうのも仕方なかろう。ま、そこまでバレてるなら、答えは一択。


「……中学校時代は、木村さんと仲良くなかったから、よくは知らない」


「え? でも、この前はだいぶ仲良さそうだったけど……」


「そりゃ小学校も同じだったからね。でも木村さんはそのあと引っ越ししたから、ここで再会するまで何してたかなんて、俺も全然知らないよ」


 ザ・無難な答え。


「そうなんだ。いや、でも木村さんってあんなに童顔なのに、すごくおっぱい大きいじゃない? なんかバブみを感じるとかいって先輩とかも色めき立ってたところにそんな噂が立ったもんだから、なんか隠し子とかいるんじゃないのとか母乳与えてそうだとか追加で変なうわさがいろいろと」


「ここの大学生ってそんなバカばっかだったのか。ホシノルリもびっくりだわ」


 まあ木村さんが亀頭先端ナデシコシコの乗組員だったことは間違いないにしても、さすがにそれは悪意とかそんな生易しい何かじゃねえぞ。本当のとこは俺も実地で経験したことがないからわからんしさ。

 うかつなこと言えるわけがない。


「……やっぱり、噂はあてにならないのかな。ごめんね、変なこと聞いて。じゃあ」


「まったくだ。じゃあな」


 とりあえず残念そうな顔をして真方くんは去っていった。

 ま、どうでもいいから忘れよう、などと思った矢先に、スマホにアンジェからのメッセージが届く。


 なんだこんな昼間っから、と思ってメッセージを開くと。


『お兄ちゃんは、ひもパンだとテンション上がるひとかな?』


 おしりペンペンをしたくなるような内容だった。まだひもパンにこだわりを見せとる。いやね、確かにそういうことに興味津々なお年頃だっていうのはわかるんだけどね。


『そんなことない。俺のフェイバリットはカボチャぱんつだ』


 これ以上間違った道を進ませないよう、アンジェを誘導せねば。

 まったくもう、あちらこちらでちらちらと。春だなあ。


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