似たり寄ったり
「……んじゃ、俺も帰ります」
正直なところ、坂本先輩が去ってしまっては、俺がここにいる意味もないのだ。
ふたりでいるとなんかいい争いが絶えなさそうにも思えるので、この場を去るのが最善手だろう。
そう思って立ち上がったのだが。
「なに、あんた忙しいの?」
「忙しいといえば忙しいし、そうでないといえばそうでないけど……」
「……じゃああと少しここにいたほうがいいわよ。ひょっとすると合コン参加予定の子が顔を出すかもしれないから」
「マジか。じゃあいます」
なぜか引き留められた。
ま、合コンよりも大事な用などあるわけがない。
「あんたも現金な男ね……」
「いやそれは誰だってそうでしょ。KYOKOさんだって暮林さんがもし来るかもしれないって状況なら、間違いなくそうするはず」
「……剣崎でいいわ」
「はい?」
「KYOKOとか呼ばなくていいってこと。どうせここにはアンタとあたししかいないわけだし」
ため息をつきながらそう言うKYOKOさん……いや、剣崎さんから、何やら疲れているような雰囲気が漂う。
ま、そりゃそうか。剣崎さんの性格からしてあんな怨恨のこもった手紙に屈することはないにしても、不気味に思うことは明らかなわけで。
心労は増える一方なんだろうな。
「お疲れのようですね。肩でも揉みましょうか?」
「あんたに頼んだら違うとこ揉まれそうだから遠慮するわ」
「ひとをなんだと思ってんだ。俺はいやがる人間に無理やりそんなことしませんけど」
「……」
およ、会話が途切れた。
わりとマジで弱ってる剣崎さん、おきのどく。
ひょっとして、何か俺に話したいことでもあるんだろうか。
そう思った俺は再度椅子に座り直して、剣崎さんに向き合った。
「周りに気を遣うのって、本当に疲れるのよね……こういう世界だから仕方ないとはいえ」
「はっはー、剣崎さんのほうは気を遣ってるのに、相手は枕営業持ちかけてくるとかやりたい放題ってわけですか。一方通行な思いやりですな」
「……まったくよ、さらにあんな手紙まで……もう、この業界やめたくなるわ」
なんだ、単に愚痴りたかっただけか。
「やめればいいじゃないですか」
「そうできるならそうしてるわ。でも契約が残ってる以上はね……違約金払うのも馬鹿らしいし」
「心中お察しします。ま、確かに責任っていうのは重いですね」
「……あんたにしてはまともなこと言うのね」
おいおい、俺はまともだぞ。多分周りの人間と比べて、一番まともなのは誰が見ても俺だ。
だってほかのやつらを見てみろ、中学一年からヤリまくりビッチッチとか、彼氏がいながら幼なじみと浮気セクロスしていたビッチッチとか、彼氏がいながら義兄とやりまくりだったビッチッチとか、幼なじみの同性しか眼中にないビアンなデルモとかしかいねえじゃねえか。
アンジェは最近まともの範疇からはみ出てる気がするので、保留で。
……とは思っても、疲れている剣崎さんをさらに疲れさせる羽目になりそうなので、口にしないでおく。
「俺は俺ですよ、生まれたときから。まともな時もそうでないときも」
「……強いわね」
「は?」
「あたしは、KYOKOでいるのが、最近いやになってしかたないわ……」
いや本当にどうしちゃったの、この剣崎さんの姿。間近で見られてちょっとだけ得した気分かな。
ま、そんなこと死んでも口に出さんけどね。ギャップ萌えはないにしても。
そりゃすました顔でゲイノージンやるよりは、暮林さんのちちしりふとももをなめまわすほうが、剣崎さんには天国だっていうことは理解余裕ですよ。
しかし、そこに至るまでの過程がけっこう厄介で心が折れかかってるのよね。
ちなみにこの後、めちゃくちゃ愚痴を聞かされた。
―・―・―・―・―・―・―
そうして剣崎さんが落ち着いたのは、一時間半ほど愚痴を聞かされた後だった。
その愚痴もかなり多岐にわたる内容で、暴露するとゴシップ誌がしばらくの間にぎわいそうなことばかりである。
坂本先輩の前で愚痴らなかったのはこのせいか。胸の内に秘めとこう。
ちなみに、剣崎さんの後輩は姿を見せなかった。騙されたようなものだが。
「……悪かったわね、散々愚痴って」
めずらしくしおらしく。
神崎さんにそう言われることなんて、俺の人生でそう何度もないはずだから、多少時間を浪費したが許そう。俺が女だったら今日は記念日確定だな。
男は日常を大事にして、女は記念日を大事にする。
そんな違いを最初に言い出したのは誰なのかはわからないが、メモリアルは無事駆け抜けた。
「男だろうが女だろうが、溜まるもんは溜まりますよ。溜まったら出さなきゃすっきりしませんしね」
「……あんたがいうとなにもかもヒワイに聞こえて仕方ないわ……」
「俺はワイセツ物ですか」
「そうね。テレビや雑誌に出るときはきっと顔にモザイクかかると思うわよ」
「一般人のプライバシーくらい守るでしょうね、そりゃ」
「顔が下品すぎて、実物を映したら苦情が来るからじゃない?」
「やかましいわ。自分がちょっとばかり美人だからって人を見下しやがってからに」
俺は俺で散々なこと言われたから言い返すものの、実はそんなに腹は立ってない。
ま、愚痴を吐き出して剣崎さんも少しは元気になったようだからそれはそれで。
「……へー、あんたあたしを美人だと思ってたの?」
「黙って水着になってりゃな」
「……」
そこで照れたような嫌そうな顔せんでいいわ。
「……まあ、とにかく。すべてが計画通りうまくいくように、祈るだけは祈っててくたちい」
「祈って叶うならいくらでも祈るわよ……」
「……せやな。じゃあ」
きびすを返す俺だが、剣崎さんによって引っ張られた服の裾が俺の歩みを止めた。
「まだ何か?」
「……ほんとうに、頼んだわよ」
「やるだけはやってみるさ」
「ん」
ノーウェイトで最後の念押しに返事して。
その様子に満足したのか、特に未練もなさげにすぐさま、剣崎さんが裾をつかんでいる手を離した。
さ、とっとと帰ろ。
とりあえずやるべきことが数件あるし。
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