Kの悲劇

 坂本先輩はKYOKOさんの厭味ったらしい言葉に何の反応も見せず、淡々と答えた。


「いや、それはわからない。なんせ俺も、同じ出版社のやつからこういううわさが飛び交ってるから一応張っとけ、って言われただけだからな」


「なにそれ。噂に振り回されるとか雑誌社が聞いてあきれるわね」


 案の定KYOKOさんは不満げ。

 しかし、ヒントが文面内に眠ってるよなあ。


 というわけで、尋ねてみよう。


「KYOKOさんさ、どこの大学の入学セレモニーオファーを蹴ったの?」


「は?」


「蹴ったんでしょ?」


「……確かに、法慶ホーケイ大学と蘭光ランコー大学から、セレモニーのオファーは来てたわ。でもそれはあくまでトークイベントとしてのオファーだったし、あたしには大事な目的があるんだもの。そりゃ万葉大学を選ぶでしょ」


「……」


 えーと。

 法慶大学って、光秀の大学じゃんな。


 つまり……奥津の大学でもある、と。


 蘭光大学についてはよう知らん。あそこ確か入学試験で名前さえ書ければ合格できるという噂の、大学と呼ぶのもおぞましい何かじゃなかったか。まあそっちはオファー門前払いでもおかしくないけどさ。


 …………


「あのー、KYOKOさん。その手紙、元・安藤、現・奥津ってやつの仕業の可能性ないですか?」


「……へっ?」


 おお、KYOKOさんの間抜けなツラ、結構レアリティ高い。LLRリリーレアくらいか。いや、そのままズバリYRユリかな。


「いやだって、確か奥津のやつ、法慶大学でしょ?」


「……そういや、そんな人間にも似た下品な生き物のこと、すっかり忘れてたわ」


 奥津ったらかわいそう。KYOKOさんに人として認識すらされてないよ。

 ま、確たる証拠はないけど、この前暮林さんに見事なまでに袖にされて、たぎる性欲を持て余してるあいつなら、身近な大本命であったKYOKOさんこと剣崎先輩に執着してもおかしくはない……


 ……いやおかしいかも。もしそうだとしたら、不思議なやつだよ奥津くん。

 別に女なんてこの世の総人口の半分いるんだから、暮林さんやKYOKOさんにこだわる必要ないのに、なんでそこまでして……


 …………


 俺も人のこと言えねえか。つっても俺は執着されてる側だけどな。

 暮林さんとかに尋ねれば、奥津の心境を少しは理解できるかもしれ……


 ……って、そういや大事なこと忘れてた!


 春祭で暮林さんに、KYOKOさんとタイマンしてもらえるようお願いするの忘れてたわ。

 このままじゃ俺の合コンが遠のいてしまう。ここまでいろいろ巻き込まれておいて契約不履行で合コンが流れましたとか、危険日のナマくらいシャレにならんぞ。


「……ジーク、ナオン!」


「何よ突然。気でも触れた?」


「いや、気合を入れ直してた」


「あっそ、気がふれたんじゃなくて、気合を入れすぎてミが漏れたのね」


「芸能人にあるまじき品性下劣デルモだな。トンカツ食わすぞ」


「真正モテナイ王国でも作るの?」


 相変わらず口喧嘩でしか盛り上がらない俺たちを、坂本先輩はやや冷めた目で眺めている。


「まさか雄太が剣崎とこれほどまでに仲良かったとは、俺は知らなかったぞ……」


「「いやいやいや」」


 その言葉を、打ち合わせでもしていたかの如く同時に手を横に振り、否定する俺とKYOKOさん。


「真似しないでよ」


「そりゃこっちの台詞だ」


「やっぱ仲いいじゃねえか……ん?」


 そこで、坂本先輩のスマホに着信が飛んできた。


「悪い、ちょっと出る……球児か。どうした? 何か用がなければわざわざ電話なんてしないよな、おまえの性格からして」


 球児? 名前かな? まあ盗み聞きは良くないか。


(……あんた、春祭当日に、ちゃんと美衣を連れてこれるの? そんなのんきで大丈夫?)


 坂本先輩が通話モードに入ると、邪魔をしないように耳もとでKYOKOさんがささやいてくる。

 普通なら美女の吐息が耳をかすめるだけでビクンビクンしそうなものだが、相手が相手だけにそんなことはなかった。これほどまでにドキがムネッとしないモデルウィスパーがあるだろうか、いやない。おかげで平常心が保てる、吐息が多い日も安心。


(大丈夫だ、問題ない)


(フラグ立てないでよ……信じていいのね?)


(たぶん)


(あてにならない答えで胸張れるその神経が理解不可能だわ)


(KYOKOさんも遠慮せずにドドーンと胸張って生きていいんだよ?)


(やかましいスケベ)


 ひそひそ話で漫才会話をやる意味はいったいどこにあるのかどのくらいあるのかわからんが、どうにもKYOKOさんと会話するとこんな流れになってしまう。

 だが笑いのセンスはどこぞの三流ウェブ作家並の最低さだわ。


「……すまん、ちょっと用事ができた。俺は今すぐ行かなくちゃならなくなった」


「はぁ? 仕事ですか?」


「……たぶんな。特大スクープの予感がする。本当にすまん、この埋め合わせはいつかするから」


 坂本先輩が通話を終え、ちょっとだけ申し訳なさげにそう言ってきたので、そこで俺たちのひそひそ漫才も終了である。

 よほど急いでいたのだろう、坂本先輩はソッコーで連絡先も告げないうちに去っていった。


 …………


 ……って帰りは電車かよ!


 そうして控え室には、予定外でかかる電車賃という出費を嘆く俺と、腕を組んだままのKYOKOさん二人が残された。





 ―・―・―・―・―・―・―・―・―・―



 完結のためにはもっと書かねばならぬことがある。頑張って更新せねば。

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