事情は知ってるぞ

「もしもし」


 一応、坂本先輩にバレないように小声で電話に出た。


『あ、突然ごめん。今大丈夫?』


「あんまり大丈夫じゃないかな……」


『……へっ?』


 当然ながら、こちらの事情など知る由もないKYOKOさんである。つーかここ最近音沙汰皆無だったのに、いきなり電話してきた理由はなんじゃらほい?

 ヒソヒソ声は継続したまま、俺のアパート近くにパパラッチが来ていることを軽く説明した。


『別に、そんなこと記事にされてもどうせ嘘なんだし、スクープされてもアタシはまったく気にしないけど』


「俺が気にするっつーの。というか今近くにいる記者が、たぶんKYOKOさんも知ってる人」


『……誰?』


「高校の時にいた坂本センセイって、憶えてる?」


『……』


 おお、思いのほかKYOKOさんが固まってる。

 何かあったんかな、坂本先生との間に。


『ちょ!? なんで、なんで坂本がそこにいるのよ!?』


「なんか教師辞めて雑誌記者に転職したんだってさ」


『なにそれ!? というかあんた、坂本と知り合いなの!? 高校ちがうでしょ!?』


「ああ、前通ってた空手道場の先輩なんだわ、坂本さん」


『……何この世間の狭さ』


 ご都合主義という名の荒波にのまれてるのは、どうやら俺だけではないらしい。


「というわけだから、注意が必要ではあるんですが」


『……ま、坂本なら、別に』


「別に何よ?」


『アタシの性癖知ってるはずだから、アタシが恋人と密会していたって噂がガセだってわかりそうなもんだけど』


「はいぃぃ!?」


 さすがは筋金入りのレズ。高校時代から性癖バレするくらいだったってことか。

 アナ恐ろしや、雪ならぬ百合の女王。


『……まあ、考えようによれば都合がいいわ。ね、ちょっと相談事があるんだけど、今からアタシの仕事場にこない? できれば坂本も一緒に』


「はあ? なんで俺が」


『モデルと合コン』


「善処させていただきます」


 男ってのは弱い生き物だ。そう痛感せざるを得ない。



 ―・―・―・―・―・―・―



 とりあえずKYOKOさんと俺が知り合いで、今電話がかかってきて、これから会えないかと相談をされた、などとかるく坂本先輩に伝え。

 ボロボロのワゴンRに同乗させてもらい、KYOKOさんの仕事場である市ヶ谷までやってきた。


 当然ながら坂本先輩も狭い世間に驚いてはいた。だがまあ、同郷なわけだしありえなくもないという感じか。


 到着してすぐ、人がよさそうなマネージャーさんの厚意に甘えるような形で、俺と坂本先輩がKYOKOさんの控室にお邪魔することとなる。このマネージャーさん、気苦労たくさん抱えてそう。ちょっとだけ同情した。


 はいこれで無事、密談可能状態……いや、舌戦可能状態の間違いだったわ。


「……やっぱりコイビトの存在はガセネタだったか。いや、あれほどかわいい同性に強い執着心を見せていた剣崎が、まさかオトコに宗旨替えをするとは思えなかったんだが……」


「余計なこと言わないでもらえるかしら、カメコ先生? 自分が顧問をやりたいからって強引に写真部まで作って、何を撮りたかったのかしらね?」


「自分だけの百合ハーレム作るために、一年の身で生徒会を牛耳ろうとした奴に言われたくないな。おまえが会長選に落ちてほっとしてたぞ、教師全員」


「あら、今の大スターを選ばなかったという相馬眼のなさを自慢できるとでも?」


 これが師弟関係によるジャブの応酬か。思わずヨーロッパまで出かけたくなるような信頼関係の欠如。欧州で応酬、しかし何かを押収されそう、たぶん隠し持ってる頭ラリパッパ麻薬みたいなやつ。ぱんつの中に隠してもばれるな、きっと。


 このままじゃ無駄に時間が過ぎそうなので、俺が仕切るしかねえか。


「で、KYOKOさん。坂本先輩も一緒に呼び出して、何の用なの? 俺たちゃパシラレに来たわけじゃないけど」


「アンパンとフルーツ牛乳買ってきなさい……って自覚あるのアンタは?」


 今はフルーツ牛乳を探すのも一苦労だっつの。

 というわけでとりあえずKYOKOさんのノリツッコミは無視した。


「冗談よ。よくわからないけど、ダッシュムラってなんだかパシらせたくなるのよね」


「マネージャーさんの苦労する姿が想像できるな。というかわざわざ市ヶ谷まで来たんだから用件を早く言ってくれ」


「はいはい。実は、こういうものが届いたのよね」


 この際、ダッシュムラ呼ばわりはどこかへおいとく。


 俺が急かすと、KYOKOさんは一通の手紙を控室のテーブルの上に置いた。忌々しいものを投げ捨てるようなしぐさで。

 これは、俺たちに見ろということだろう。遠慮なく手紙を開くと、そこには。


『なぜ俺の大学の入学セレモニー参加要請を蹴ってまで、万葉大学の春祭に参加するんだ。万葉大学に恋人がいるからか。許さない許さない許さない許さない今すぐ参加を予定を取り消せKYOKOは誰にも渡さない俺のものだ俺のものだ俺のものだ俺のものだ俺のものだ俺のものだ俺のものだ俺のものだ俺のものだ俺のものだ俺のものだ俺のものだ俺のものだ俺のものだ俺のものだ俺のものだ俺のものだ俺のものだ俺のものだ俺のものだ』


 怖っ!


「なんじゃこりゃ!?」


「まあこれだけじゃなくて、なんか知らないけどアンタの大学の春祭に出るなって、脅迫めいた手紙が何通か届いてるのよねえ」


「……差出人判明してないの?」


「まだよ。だから、アンタの話を聞いて、関連があるんじゃないかなって思ったの。で、元先生のしがないカメラマンさん、どこからアタシがダッシュムラのアパートにいたって噂が流れてきたのかしら?」


 成歩堂、俺たちを呼びつけたのはそういう理由か。やっと理解が追い付いたわ。


 ……なんか春祭、イベントてんこ盛りになりそうじゃね? だがチ〇コ盛りやマ〇コ盛りはかんべんな。モリマンは許すとしても。


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