もう一人の先輩
まあ、いろいろ考えなければならないことも多いまま、帰宅する。
途中で、俺のアパートの近くに、やたらとぼっこぼこになったワゴンRが止まっているのに気付いた。
「……なんだこれ。首都高速でバトルでもしたんか?」
独り言をつぶやきながら車の中を伺ったら、何やら高そうなカメラを大事そうに抱えている男性と目が合う。
やっべ、この人ゴシップ誌のカメラマン、いやパパラッチ? でも、なんかどっかで見たような……などと、必死で俺の脳内データバンクをスキャンしているうちに、車の窓が開いた。
「……お前、ひょっとして雄太、上村雄太、か?」
「へっ?」
車の窓から覗くわりとごつめな、それでいて愛嬌のある顔。ややドスのきいた声。それで思い出した。
「坂本先輩じゃないっすか!! え、え? なんでここにいるんですか!?」
「それはこっちのセリフなんだが……まあ、いろいろあってな。久しぶりだ」
忘れもしない、俺が空手をやっていた時に同じ道場でお世話になった、坂本先輩である。大学卒業して教師になったところまでは知っていたのだが、それ以来会ったことはない。
「教師辞めちゃったんですか?」
「そりゃまあ、な……あんな事件があっては先も見えてるだろうよ」
「ああ……」
ちなみにあんな事件とは、坂本先生の勤務先の高校内で生徒が自殺したという出来事だ。地元の新聞一面をでかでかと飾ったのでよく覚えてはいるが、その生徒の自殺の動機についてはいろいろまことしやかなうわさが広まってて、非常にきな臭い事件でもあった。
…………
そういや、卓也の通っていた高校じゃなかったか、たぶん。
事件に直接かかわっていないとは思うものの、あいつ巻き込まれ体質だったからなあ、ちょっと心配ではある。今はどこにいて何をしてるかわからんが、今度連絡してみよう。
「ところで、雄太。ちょっと尋ねたいことがあるんだが」
「たづ寝たい? 坂本先輩、たづなさんと寝たいんですか? 破傷風には気をつけてくださいね」
「おまえは何を言っているんだ。オナニーとウマゲームのやりすぎでついに脳が逝かれたか? 『妹を守るために強くなるんだ!』ってバ〇キンマンみたいに目をらんらんさせてたあの頃の純真なおまえはどこ行ったよ」
「夢見る
「……深いな。まったく、股間をらんらんチキチキさせてたやつらにも純真な頃があったのかと思うと、ただただただいたたたたたまれなくなるわ……」
「たが多すぎます」
坂本先輩がため息をつきながらやるせない顔をしている。どうやらなにか触れてはいけないところに触れたようだ。本題に戻ろう。
「で、なんですか? 聞きたいことって」
「ああ……雄太は、この辺りで芸能人のKYOKOを見かけたことはあるか?」
「……はぁ?」
「いやな、なにやらKYOKOがここのアパートの一室にいたという目撃情報があって、恋人と密会していたんじゃないか、と噂が立ってるんだ。俺は今とある雑誌社の編集部で働いててな、いらぬことを言っちまったもんだからこうやってスクープのための張り込みをやらされてるところだ」
「ファッ!?」
「……そのアパートにまさか雄太が住んでいるとは思わなかったがな……」
最近路駐が目立つのはやっぱりそれが理由か。ちくしょう、噂の出どころはきっとコウイチくんとその彼女に違いない。次に見かけたら千倍返ししてやる。
ここはごまかし一択で。
「え、ええと、『いらぬこと』って何です?」
「……ん? ああ、KYOKOとは面識があったんだよ。俺がいた高校の生徒だったからな」
「ぬるぽ!?」
ガッ点がいった。
そりゃまあKYOKOさん、俺と同じ地元なんだもん。全然アリエール展開よね。
いややべえよどーすべ、まさか俺が当事者とは言いだしづらくなってきた。
ブーッ、ブーッ。
「……あ、すみません。ちょっと着信です」
ナイスタイミング! とばかりにそのとき俺のスマホがぶれた。
ちょっと坂本先輩から距離をとってスマホの画面を確認すると……
『着信 KYOKO』
まさかのKYOKOさんからかよ!!
しばらく連絡なんてなかったってのに、なぜいまここで電話してくるかなあ?
タイミングがいいのか悪いのかわからん。
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