ソープのにおいですぐわかる

 俺は妊娠船橋市の歓楽街にある、ソープなねーちゃんたち御用達のとある喫茶店に来ていた。気のせいか店内がボディソープのにおいに包まれてる気がする。なんというか、フローラルなんだけど決して高級感のないような。


 そんなにおいの中、俺の向かいに座るは、ジョーンズさんの元嫁、木村あずささん。相変わらずホーマンな胸と切れ長の目、腰までの巻き髪が色っぽい。


「……指名があったっていうから誰かと思ったら、アンタかい」


「やさぐれてますねあずささん。しかも元甥っ子にアンタとかひどくないですか?」


「血縁もケツ縁もないなら赤の他人だろ。まあいい、金さえ払えばケツ縁どころかマン縁もできるよ?」


「病気がこわいので、まん延防止のためにマン縁は帽子させていただきます」


「アンタこそひどいじゃないか。さすがジョンの甥だな、痴は争えないわ」


「いや俺とジョーンズさんも血は繋がってませんが……なんか悪意を感じるのは気のせいですかね」


「安心しろ、気のせいじゃない」


「あ、やっぱり」


 久しぶりに会ったあずささんは、だいぶ精神が老け込んでた。ソープランドという人生の荒波にのまれてる最中だから致し方ないというか、致すしかない仕事というか。


 ま、それでもたしかに美人は美人だ。こういっちゃなんだが、こういう仕事をやるうえでは有利なことは間違いない。

 もともとせくすぃーな人だったし、俺のズリネタとなったこともあるくらいで。本人に言えんけど。


「……で、何の用があってわざわざきた?」


「おいっす。単刀挿入に聞きますが、あずささんの浮気相手ってどこにいるか判明しましたのん?」


「おまえ、もう大学生だろう、四字熟語もまともにできないのか。かわいそうに」


「わざとに決まってんでしょーが。いいから答えてくださいよ」


「……見つかってたら、アタシも少しは楽なんだけどな……精神的に」


「……」


 おおっと、これはマジで参ってるパターンだ。同情の余地はないにしても。


「しょーがないでしょう、自分で蒔いた種なのに逃げ出そうとしたおかげで制裁がより苛烈になったんですから」


「……確かに、アタシが悪くないってわけじゃない。だけどな、浮気相手アイツだって同罪だ。納得いくわけないだろう。アタシが人妻だと分かったうえでアレコレやって、挙句の果てに妊娠したと告げたらアタシの前から消えて、今もどこかでのうのうと暮らしているんだよ。アタシは堕ちるとこまで堕ちたってのにな」


「正式な手順を踏まないで浮気なんてもんをしたから、それが自分に返ってきただけですよね? 悪いけど同情できませんよ」


「……わかってる、よ」


 ほうほう。

 ここで逆ギレ起こしたりしたらわりとどうでもよかったけど、この様子だと結構反省はしているみたいだな。ひょっとして親とかを泣かせたことがかなりこたえていたりして。


 ──あずささんがこういう態度をとるのであれば、まあ、いっか。


「実はですね、その浮気相手に関してのお話があったんですよ、今日は」


「…………は?」


「まあ、この写真を見てください」


 俺はスマホをあずささんへと向け、ハトマメ顔のままのあずささんに、アンジェから送られてきたキモホクロマンの画像を見せてみた。


 すると冷気が俺たちの周りに広がり、その中心部からは一瞬で、かつてないほどの怒りによる熱いオーラが吹き出てくる。


 ビンゴ。


「あ……ああああああああああ! クソホクロ野郎!! こいつだ、こいつに間違いない!!」


「やっぱそうか」


「どこだ! どこにいやがったんだこいつは! あれだけ探しても見つからなかったってのに!」


 あずささん、錯乱中。しかしあずささんまでクソホクロ呼ばわりとは草。

 まあ別に隠すことじゃないから、どこにいたか言ってもいいかね。


「俺たちと同じF市に住んでやがりました、こいつ。あずささんがいたK市じゃなくてね」


「……なんだと……」


「無論、O大学に通ってるってのも大嘘ですわ。こいつの大学はT学院大学ですんで」


「……」


 まるでヘロインとコカインを同時に摂取したような顔色の変化を見せるあずささんである。

 ちなみにヘロインはダウナー系、コカインはアッパー系で、同じ麻薬でも作用が正反対だから、ヘロインとコカインの同時摂取はマジで命の危険度が青天井。同じ天井で昇天するならカズノコのほうが数億倍いいわ。


 …………


 ま、あずささんは使い込まれているから、カズノコかイクラかタラちゃんかは知らない。


「……っっクソが!!」


 充分に凄味の利いたつぶやきを発しながら、あずささんは喫茶店のテーブルをダンっと叩いた。このリアクションだけで怒りの強さがわかろうというもの。


 激情を汗に変えてタラタラと流すあずささんの様子に、俺は内心ほくそ笑む。


「……それで、ですね。実はこのホクロマンに関して、先走り汁程度にチロッと困ったのが漏れ出したんですよ。こいつになんとかして性感帯を咥えないと……いや、制裁を加えないとならないんですが、もちろん協力してくれますよね? あずささんにも悪い話じゃないと思いますし」


「……あたり、まえだ」


 右手で握ったこぶしを左の手のひらに勢いよく当てて、クラッカーのような音を響かせながら、あずささんは協力要請を快諾してくれた。


 怒りのやり場が見つかるってのは、ある意味希望を見出すのに似ているようで。

 あずささんの目には、いつの間にか覇気が戻っていた。


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