人間はNTRなんかに負けない

『……事情は分かりました。そういうことなら多少の手助けはできると思います。ほかならぬ雄太さまからの依頼ですし』


「そうですか。ありがとうございます、ぶしつけにこんなことお願いして申し訳ないです」


 ジョーンズさんからは、暮林オカンの携帯番号をきいた。こっちの番号もバレバレになってしまうが、まあそれは些細なことなのでどうでもいい。


 一応、小島さんを取り巻く環境について一通り説明し、なんとか打開策はないかと聞いてみたところ、住むところの手配とかくらいならできる、との回答を得た。

 逃げたところで何の解決にもなってないのかもしれないが、まずは心を取り戻してから落ち着いて考えるのもいいだろう、と。


 ま、暮林オカンに関しては、信頼に足る人物であることは疑っていない。


 だが。


『……ところで、つかぬことをお伺いしますが、その小島さんという方と雄太さまのご関係は、どのようなものなのでしょうか』


 一番めんどくさい質問キタコレ。

 しゃーないので一言だけで済ます。


「ざっくばらんに言いますと、俺と暮林さんの関係と同じですね」


『……は?』


「つまり、高校時代の元カノです。ただし、暮林さんの時と同じように俺が裏切られましたが」


『……』


 うーわ沈黙が気まずい。

 いちおう暮林オカンを糾弾するような意図はないので、淡々と述べたつもりだが。


『……そうですか。それなのになぜ、雄太さまは小島さんを救おうとしているのですか? うらみとか憎しみとかはないのですか?』


 ああ、やっぱそれだけでは済まなかったか。

 ま、そりゃそうか。暮林さんの時も一回憎しみをぶつけちゃったりしてたしな。


 実際なんでだろう、といわれても明確な答えなどない。素直に言うしかないか。


「確かに、それはないと言えばうそになります。実際ざまあみろと思っている自分も心のどこかにいます」


『……』


「でも、だからといって、ほっとくわけにもいかないでしょう。ただそれだけで、それ以外に特別な何かがあるわけでもないです」


『とくべつななにか……つまり、3分ドッキングののちにキューピーが誕生するという関係になる約束があるわけではないんですね?』


「あのー、言い方を選んでくださいませんかねえ? そんなの言うまでもないでしょう。あと俺は3分で果てると思われてるんでしょうか? さすがにもう少し持続すると思うのですが」


『これは失礼いたしました。お詫びに、何分もつか美衣と実地でお確かめくださってもかまいません。美衣もそれを望んで……』


「それは断じてお断りオブお断りです。とにかく、ほっとけないだけですから」


『……』


 娘を犠牲にしていいのかオカンよ。いや、それ以前に娘がもう汚れてると認めてるようなもんだろそれ。そこで無駄に考え込むなって。


『……雄太さまは、やはり、お優しい方なのですね』


「はぁ?」


『美衣の時もそうでした。正直に申しますと、美衣が入院したときの雄太さまの態度を目の当たりにして、美衣の人生が雄太さまと今後交わることなどないと覚悟したものです』


「いや、まあ……」


『なのに、雄太さまは美衣の悪いところ──思い込みが激しくて強迫観念にとらわれやすいというところまで考慮したうえで、美衣に対して完璧な対処をしてくださいました。おかげで今の美衣は、まるで中学時代のように明るく……』


 は?

 完璧な対処?

 あのおにぎり事件のことが、か?


 いやまあアレは単なる思い込みと偶然によってなされたものなんですけどね。

 まあいい、余計なことは言わないでおこう。恩を売ったような状況なら馬鹿正直に訂正する必要はない。


「……そうですか」


『ええ。雄太さまのやさしさが、美衣を救ってくださったのです。人間は、NTRなんかには負けないのですね』


「……」


 いや負けそうになってたじゃないの、俺も暮林さんも。ナノマシン以上に人間の脳と心を侵食するんだよ、NTRのトラウマってやつは。


 誤解がいろいろ独り歩きして訂正するのももう面倒。流せ。


『まあ、それはともかくとしまして。雄太様からの依頼ですので、どうしようもない現状で打開策が見えない時は手助けいたします。ですが、ご自身でどうにかできるようなことは、ご自身で何とかしてください』


「え、ええ、それでかまいません」


『申し訳ございません、私の方としても、美衣のライバルになるかもしれない方を全力で支援するわけにはいきませんので。そんなことをしたら美衣に恨まれてしまいますからね』


「……は?」


『まあ、具体的な案は明日以降、個別に連絡いたします。それでは』


「……」


 そこで暮林オカンとの通話完了。

 しかしなんだ、『依頼』とか言ってたなあのオカン。やっぱ凄腕のエージェントだろ、間違いない。


 さて、では小島さんに一応伝達だ。


「今、頼れる人にお願いしてみた。仮住まいくらいなら何とかしてもらえそうだけど、時間は多少かかるだろうから、今日のところは小島さんも帰宅を……」


「……帰りたくない。ここにいちゃ、ダメかな……? 邪魔はしないから、おねがい……」


「……」


 唖然。

 そういうセリフは、付き合ってるときに言ってほしかったわ。べらぼーめ。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る