おうちにておいつめられて
しかし、何かに焦ってるような小島さんは、俺の忠告なんて聞きいれるそぶりも見せない。
さすがにいぶかしんだ俺は、ちょっとだけ問い詰めることにした。あんまり追い込みすぎると、また手首スパーなんていかれちゃいそうだからな。
「なんで、そんなに慌ててるのよ?」
「……」
だんまりか。
まあ話せないこともあるのだろうが、ならばこれ以上かかわるのも無意味なこと。
あきらめてリリースしたほうがいいのか……なんて思ってたら。
「もうすぐ、来るの……」
話したくなさそうにようやく吐いた。しかし要領を得ない。生理が来るのか恐怖の大王が来るのかそれとも貞子がやってくるのかまったくわからん。
「なにが?」
「……竜一、兄さんが……」
「は?」
おおっと、ここで登場か、間男二号。貞子より怖いかもしれんな、今の小島さんには。
「家に戻らない、って宣言したら、『そんなの許さない、俺たちは義理でも兄妹だ』って……」
「連れ戻すつもりなのか? ムチャだろ」
「……竜一兄さんなら、やる……」
「……」
掛詞の『やる』だな、これ。
不感症の小島さんにしてみりゃ、恐怖を感じてもおかしくないのかも。
「もういっそのこと、小島さんが義理の兄に何をされてたか、はっきりバラすしかないんじゃね?」
「……そんなの、とっくの昔にバレてるよ……あたしが自殺未遂したときに」
「ほ?」
「だけど、体面を大事にした義理の父からは
何事、じゃなくて兄事か。うまいこと言う余裕があるのか、それとも余裕がなくて間違えただけなのかわからん。
「母親は味方してくんなかったのかよ? というかいっそもう離婚すべきだろそんなん」
自分の娘が義理の兄にいいようにオナホ扱いされてるっていう事実を知れば、まともな母親だったら離婚というチョイスくらいお茶の子さいさいだと思う。
しかし現実は、アスパルテームどころか乳糖の甘さすらなかったようだ。
「……お母さんは、義理の父に弱みを握られてる。離婚なんか絶対できない。アタシがここに進学することを手助けしてくれるだけで、精いっぱいだった」
「……弱み?」
「詳しくは言えないけど……」
「……」
はあ。
こりゃ、小島さんが自殺未遂した理由って、どうやら義理の兄にオナホ扱いされてたから、だけじゃねえな。
きっと、どこにも救いがなかったから、なんだ。なにひとつ自分の思い通りになることがない家庭に閉じ込められて。
そう考えると俺はまだ幸せなのかもしれん。
義理とはいえオカンは信頼に値する立派な大人だし、アンジェに至っては俺を裏切ることなど到底考えられないくらいの天使だからな。
俺を裏切った挙句、救いがどこにもなくなってざまあみろ、と思う反面。
「……だから、救いがないままならそれでもよかった。だけど、この大学に進学して、雄太に再会してしまった」
「……」
「雄太に会ってしまったから……そんな資格すらないってわかってるのに、救いを求めたくなった。このまま絶望に身を堕とすのが耐えられなくなった。なんてあさはかで罪深いんだろうって、自分でも思うけど……もう、耐えられない」
なんだかんだで幸薄いこのみじめな不感症女を、少し哀れに思う自分もいる。俺のせいかよ、なんて言いたくなるのはこらえた。いとあはれ。
いちおう、一筋の希望が見えたらすがりたくなる気持ちはわかるわ。マン筋の希望が見えたらヤリたくなるのと同じようにな!
「つまり、義理の兄が来る前に、どこかに引っ越したかったってことか? つーかそれ、どのみち大学に張られたらおしまいじゃね? 退学しない限り」
話を聞く限り、義理の兄は結構執念深そうだし。そんくらいやるだろ、ヤるためなら。
逃げられないという絶望感に打ちひしがれたのか、小島さんの緊張の糸はそこで切れた。
「……う、ううっ……ああああああああ……」
おいおい小島さんよ、頼むからリスカの跡を俺に見せつけるように臥せって泣かないでくれまいか。
…………
うーむ。
まあ、ここまでみじめになられたら何とかしてやりたいような気持ちもなくはないが、いかんせん俺にはなんの力もない。ただの学生である。
…………
一応、頼りになる大人の知り合いが皆無なわけじゃないけど……な。
しゃーない。
このまま追い返すのもいろいろ無理だ。相談してみよう。
──というわけで、俺は暮林オカンの連絡先をジョーンズさんに訊いてみることにした。
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