アンジェの容姿はおいくら万円
「じゃあ、アタシは今度こそ帰るわ。美衣のことで何かあったらまた連絡してきて」
「うぃーっす」
最後に剣崎さんは、自分のスケジュールを表にしたものを向こう一か月分くらいおいていった。
ドラマ撮影が終わったから比較的余裕がある、と本人は言っていたが、それでも週休一日もない。まあ売れっ子の宿命ってやつだろうか。
「……で、アンジェちゃん」
「は、はい!?」
「冗談抜きでさ。モデルって職業に興味があるんであれば、お兄ちゃんを通じてあたしに連絡してね。アンジェちゃんならあたしより売れっ子になれると思うから」
「……」
先ほどとは打って変わって真面目な顔で、剣崎さんはアンジェを勧誘した。
アンジェはしばらく考え込んでいたが、やがて興味のない人間に見せるようなちょっと醒めた顔つきをして、剣崎さんのほうを向いて口を開く。
「……誘ってくれるのは、アンジェの見た目が、珍しいからですか?」
「珍しいからじゃないわ、美しいからよ」
「……」
「珍しくて目を引くことはあっても、すぐに忘れ去られるのが普通よ。でも、美しくて目を引くような人のことは誰もが忘れない。心惹かれる。アンジェちゃんはそういう人なの」
「……べつに、誰かの目に留まりたいわけじゃないので……」
「あらら、そうですかぁ。ま、アンジェちゃんのことをいつも見てくれてる優しいお兄ちゃんがいれば、そんなのに興味ないって?」
「うん」
「即答ね……まあ、いいわ」
あのー、ニヤニヤとしながら俺の顔見るのやめてくれませんかねえ、剣崎さん。
鼻毛出てんのかとびくびくしちゃう。
「じゃあねダッシュムラ。次に会うときは美衣も一緒でお願いするわ」
「無理難題吹っ掛けられた気もするけど、グッドラック俺」
相変わらず人の名前をちゃんと言わずに、振り返ることなく凛々しく、剣崎さんは帰っていった。
はー、やれやれ。
これからどーすっかな。
「……お兄ちゃん」
「うん?」
「もし、アンジェがぶさいくだったら、お兄ちゃんはいじめられてたアンジェを助けてくれなかったのかな?」
おいおい。真面目な顔して、アンジェはさっきから何を考えてるのかと思ったら、そんなくだらんことか。
「ほう。アンジェは自分の見た目がかわいいという自覚はあるんだな。このうぬぼれやさんめ」
げしっ。
「うぐっ! みぞおちはやめろこら!」
げしげしっ。
「みぞおちじゃなきゃいいってもんじゃない。やめろアンジェ」
「……」
「ま、こういっちゃなんだが、いじめられて涙と鼻水垂れ流していたアンジェはかなり不細工だったぞ、あっはっは」
「……」
俺はそこで、黙ってしまったアンジェの頭をぐりぐりと乱暴に撫でる。
「安心しろ、俺の妹がそんなに不細工なわけがない」
「……」
俺にされるがままのアンジェではあるが。
内心、何を考えているんだろうねえ。
―・―・―・―・―・―・―
夜になって、ジョーンズさんがアパートにやってきた。
寿司五人前を手みやげに。しかも回らないところの高級寿司だ。これだけでも俺に対するジョーンズさんの感謝の気持ちがわかろうというもの。
「雄太のおかげでうまくいきそうだよ、ありがとうな」
「ごちーっす」
「わぁ……トロが、中トロが……」
「コハダにアジもあるでや」
「スシ食いねえ!!」
ひょっとしてこの寿司、日本一のすし屋のものかも。
ジョーンズさんはそのくらい恩義を感じてくれているのかな。いや、こんな寿司もうあと数年は食えないかもしれない。堪能しとこ。
「しかし、本当に人の縁ってのは不思議なもんだなあ、雄太よ」
「そうっすねー、あ、このエビうめぇ」
ジョーンズさんはしみじみそう言い、おれは軽くいなす。
でも、こうやって寿司が食えている現状を考えると、たしかにオカンの言った通り、暮林さんとこの大学で再会したことには何かしらの意味があったのだろう。
ま、もう暮林さんのことは気にかけなくてよさげだしな。弁当もはっきりと断ったし、もう関わり合いになる機会も激減すること間違いなし。
あとは俺の知らないところで楽しい大学生活を送ってくれれば。
…………
改めて振り返ると。
暮林さんに対する、過去に裏切られた恨みみたいなものが、いまの俺にはそれほど残ってないっていう変な感じはする。
これって、少しは俺も過去を乗り越えて前進した、ってことでいいよな。
途中、暮林さんがドン引きするレベルで激しく後悔するところを目の当たりにして、いつまでもとらわれてるのがちょっと馬鹿らしくなってきたってのも多少あるにせよね。
むろん、信頼もチン頼もできないし、暮林さんと恋人としてもう一度どうこう、なんてことはありえないんだけどさ。
不幸になれ、とももう思わない。
俺は俺の幸せのため、合コンのために行動するのみ。
──────────────────
とりあえず暮林さんDSR進化編、だいたい一段落です。
もちろん今後もまだ続きます。
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