Concertino in Blueが流れる哀愁のアパート
とりあえずアンジェがむくれる一歩手前だったので、なんとかなだめすかした。
どうやらアンジェは春祭の時にもこちらへ来るようである。もういっそこっちに住んだ方がいいんじゃないのかアンジェよ。
「ところで剣崎さん、春祭の詳細とかは知ってます? タイムテーブルがあればいいんですけど」
「残念ながらまだ流動的なのよね。春祭の実行委員長に尋ねたほうが早いかも」
「えー、めんどくさいなあ……」
「合コン」
「わかりました。誰が実行委員長なんです?」
「確か、二年の水本って名前の人だったような気がするわ。経済学部とか言ってたから、アンタや美衣の先輩じゃないの?」
「……」
どっかで聞いたような名前だな。
まあいい、それだけ分かればなんとかなるだろう。
話は一段落。さて、ではゴシップ誌の記者に嗅ぎつけられる前に、とっとと剣崎さんには撤収してもら……
『ああ、コウイチ! コウイチ! いいわぁ!!』
「……」
「……」
……おうとしたら、隣から声がきこえてきて、思わず剣崎さんと目を合わせちゃったわ。
「え、な、なになに? お兄ちゃん、どこかから怨霊の声みたいなのが聞こえるよ?」
マジか。
いくら休日だからって、こんな真っ昼間からおっぱじめてんじゃねえよコウイチくんよぉ。
しかしなんで隣からのあえぎ声だけははっきり聞こえる不具合があるんだ、このアパート。
「……アンジェ。この声を聴くと呪われるから、耳をふさいでなさい」
「え、ええ!? やだやだ、アンジェ呪われたくないぃぃ!!」
まったく。アンジェの教育上よろしくない声を聞こえるくらいの大音量で流すなっての。アンジェが怖がりで助かった。
一方、百合も薔薇も嗅ぎ分けられそうな剣崎さんは。
「……ねえ。ちょっと壁ドンしていい?」
「御意」
ドンッッッッ!!
やっすいアパートの壁が壊れそうなくらいに、コウイチくんが住むほうの壁を思い切り蹴飛ばした。今この時だけは苛立ちも怒りも一致。
『……』
あ、声が止んだ。
夜も最初からこうしてりゃよかった。
「……ほんと、救いようないわねえ。こんな明るいうちから下品な声聞かせてくれちゃって。最悪の気分よ」
「珍しく気が合いますね」
「いつもこうなの隣のやつは?」
「明るいうちからってのはお初ですかねえ。夜はいつものことなんですが」
「最悪の環境だわ……」
この前アンジェが泊まりにきたときは大丈夫だったから油断してたわ。
まるで自慢するように聞かせてきやがって、タコが。
「……なんか萎えた。アタシ、そろそろ帰るわね」
「ああ、その方がいいでしょ」
さすがは百合というかなんというか。
剣崎さん、こういう男女のむつみごとを想像させられるのもいや、って顔をしてる。
……実は意外とウブだったりしてな。
しかし、機嫌を損ねた剣崎さんよりも早く、玄関のドアが誰かによって開かれた。
そういやカギ閉めてなかったな。以前の教訓が活かされてない。
「おいコラ! てめえ女に縁がないからって、ひがんで壁蹴飛ばして……ん、じゃ……」
「ようコウイチくん。なんだ、壁ドンから割と早いな。着衣プレイしてたから、服を着直す必要なかったんか?」
「……」
怒鳴りこんできたコウイチくんがいきなりトーンダウン。
なんかあったんかな?
…………
あ。
そういや一応この部屋に美女が二人いたんだった。
そして芸能人はおこモードでいちゃもんムーブをかます。
「あー、アンタが隣の住人? ったく、迷惑で仕事の話すらできないわよ。こんな明るいうちからやる気マックスおセックスなんだから、あんたチローなりソーローなり名前変えたら? コウイチとか彼女に叫ばせてないで」
「……あ、あの、すいま……」
「で、後ろにいるのがアンタのカノジョ? どれどれ、ちょっと顔見せてみなさいよ」
「え、え、な、なんでここにKYOKO……だよね……?」
唖然としているコウイチくんバカッポーを品定めするかのようにじろじろ眺めた剣崎さんは。
「……二人合わせて、85点、ってとこかしらね。ああ、一人じゃなくてふたり合計だから、そのあたり間違わないようにね。とっとと消えなさい、その不快なツラ、アタシの目の前にいつまでも晒してないで」
きっつーい一言を投げつけた。
パタン。
信じられないくらいの小さな音で、玄関のドアが閉まる。
いやー、しかしコウイチくんのカノジョ、初めて見たけど。あんな女があんな叫び声を連発してるんだなー。うらやましくもなんともなかったでござる。
ちなみに、コウイチくんはこの数日後にどこかへ引っ越してしまい、怨霊の声は見事に途絶えることとなった。
剣崎さんグッジョブ。
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